2021 10月

2021年10月31日

ハロウイン   雑感

投稿者 : rfuruya
★ 10月31日は「ハロウイン」である。
 調べてみたら日本ではこのような経緯をたどって今のような形になったとか
● 日本でもハロウィーンにちなんだ仮装が導入されるようになったのは1980年代以降になってからで、
● 1990年代後半より東京ディズニーランドで、ディズニー・ハロウィーンなどが開催され、
● 2000年代後半より菓子メーカーが相次いでハロウィン商戦に参入、
● 2010年代中盤には、店頭・街中でのハロウィン装飾が見られるようになったほか、日本式にアレンジされたハロウィンが行われているとか。
 現在はこんなハロウインになっている。
  
★2019年にたまたまアメリカにいて、
 カリフォルニアのIrvineでのハロウインを見たのだが、
 住宅街であったこともあるのかまことに静かで、
 日本とは全く違ったものだった。
 町の中ではかぼちゃがいっぱい売られていて
 
  夜の住宅街ではこんな飾りつけで、
 人はたくさん出てはいたが、非常に静かで、
 住宅街の方たちがそれぞれ応対はされていた。
 
 いずれにしても、「日本のハロウイン」とは全く違ったものなのだが、
 日本全体では「ハロウイン」にどれくらいの関心があるのだろう?
2021年10月30日

秋の三木総合防災公園 ほかいろいろ

投稿者 : rfuruya

★この月末は衆議院選挙で三木総合体育館は投票会場になるので、
 その準備のために4日間ほどお休みである。
 そんなことなので、秋の三木総合防災公園の写真を撮ってきた。
 写真をスマホからパソコンに移動する方法が以前のパソコンと違うので、
 何度も試さないと覚えられないので、そのためでもある。
 なんとなく「秋の風情」である。
 
 銀杏並木は黄色く、まだ葉を残している。
 どうだんつつじ は実際に見るより写真のほうが色鮮やかで見事である。
 いつものことだが、広い駐車場だが車はほとんど止まっていない。
 公園を散歩している方は「マスクしていない方」のほうが圧倒的に多い。
 私もマスクはしていない。
 それくらい広いし、人も少ないのである。
 紅葉はきれいだが、果たしていつごろまで葉を残しているのだろう。
 「風で舞い散る」というが、
 今はまだ数枚が風に散る、そんな季節である。
 朝の運動「7.4km、1万歩、約1時間半」だった。
   
  結構な運動だと思うが、
  公園の50%ぐらいでこんな数値になるほど広大なのである。
 新しいパソコンになってそのことばかりがアタマにある。
  今朝の公園の散歩も半分以上は写真を撮るのが目的だった。
  旧いパソコンからはすべてを移したと思ったのだが、
  動画関連を移すのを忘れてしまった。
  沢山あった動画もみんな消えてしまった。
  Instagram も入っていない。
  もういちょど登録しなおしたらいいのだが、
  それが自分ではできないから、年末にもし「孫が来たら」やって貰おうと
  「忘備録」にいろいろ記入している。
  今までも、私がいろいろできてるのは、
  例えばFitbitでも、みんな孫が創ってくれたものである。
  そんなことで、あと2か月孫が来るまでの辛抱である。
2021年10月29日

写真の切り取り

投稿者 : rfuruya

★ 新しいパソコンになって同じ富士通の製品なのに、
 ちょっとだけ異なるところがあって、なかなか慣れるまでムツカシイ。
 そんな中の一つに写真や記事の「切り取り」がある。
 Snipping Tool というのを使っているのだが、
   このアイコンをTOP画面に入れてしまったので、
 TOP画面は兎も角、ほかの画面で使えないので、
 そのアイコンを一番下のラインに入れようとは思うが、それができないのである。
 富士通の「プレミアム安心プラン」に入っているので、
 そこに電話して担当者にやって貰ったのだが、
 今までは1回2000円ほどかかったのだが、パソコンを新しくしたので、
 これから1年間は無料なのである。
 こんなことができない人は少ないのだとは思うが、私は「そんなレベル」なのである。
 ただ、やり方が今までとちょっと違うので、
 それを覚えるために今から幾つかの写真や記事を切り取ってみようと思う。
 まず最初は今回の新しいパソコンの画面の写真をこのように切り取った。
これは読売新聞の記事の一部である。
別に記事に興味があるわけではない。
 これは、オリックスの優勝に関するイチローの記事だがちゃんと切り取れている。
 大してムツカシクはないので数多く試していたらそのうちに覚えるだろうと思ってやっている。
 念のためにもう一回、この写真の一部を切り取ってみたい。
 これはこのように切り取れたので、何とか大丈夫だろうとは思っている。
 
★ これは今パソコンの前に座っている部屋の一部なのだが、
 スマホで写真を撮って、それをパソコンに移す方法が
 従来のパソコンの方法とちょっと違っていてむつかしかったのだが、
 何とか出来たようである。
 いずれにしても、ちょっと慣れるまでが大変である。
 明日になっても、覚えているだろうか?
2021年10月28日

新しいパソコン

投稿者 : rfuruya
★ 新しいパソコンが午前中に届いて、
 午後から旧いパソコンのデーターの移動をプロの方にやってもらった。
   2時間ちょっとかかったが、Facebook  もツイッターもみんな新しく登録しなおさなければならないので、
 そのパスワードなど調べるのに大変だったが、やっと何とかなって
 今ブログをアップしている。
 これが新しいパソコンである。
 富士通の一番新しい型のWindows 11で、
 確かにスピードはがぜん速いようにも思う。
  
 何とかブログを書くぐらいは大丈夫だが、
写真の切り取り、縮小などは
こんな風に出来はしたのだが、以前とはやり方が違って、
出来たけれど、身につくまではなかなか大変だなと思う。
   
 ネットの世界も7年も経つとどんどん進化して
 新しい方法が出るのは当然なのだが、
 私にとってはそれがムツカシク感じたりする。
 3台目の時も写真の取り込み方などが一番ややこしくて大変だったのだが、
 今回も同じようなことのようである。
 まずは、ブログ・雑感日記は無事アップできたので一安心なのである。
 これがFacebook やTwitter に転記できるかやってみたい。

パソコン 最後の日

投稿者 : rfuruya

★ 7年間ほど使ったパソコンだが今日で最後である。
  午前中に新しいパソコンが届いて、
  午後にはそのセッテングとデーターの移管に、
  プロがやってくる。
  ブログやFacebook やツイッターなど結構確りとやってるので、
  パソコンにも詳しいと思われるようだが、
  技術的には全くダメで、やってること以外は『何も解らない
  と言ったほうがいい。
  現役時代はパソコンなどご縁がなくて
  パソコンを始めたのは70歳ごろから、それも独学である。
  2006ねん9月にブログ雑感日記をスタートして、お蔭様で15年毎日続いている。
  このパソコンは3台目、今日来る新しいのは4台目なのである。
  
  多分まだまだ使えるとは思うのだが、
  いま、デイスクが中に入ったままで『取りだせない』ようになってしまったので、
  富士通の人が『本体が突然動かないようになっては大変だから』と
  新しいパソコンにするように奨めてくれたので、
  素直にそれを受け入れたのである。
  やってることは限られているので、
  アイコンの数も少ないし、
  そんな少ないアイコンだが、一番右の列ぐらいしか使わない。
 
 毎日やってると言えば
 gooのブログ雑感日記とそれを転記するFacebookとTwitter 
  それにFitbit 関連と パンダ碁ぐらいである。
  
★ 写真などもほんの一部しか保存していないのだが、
  『門野真也 雑感日記』と検索すると
         こんな孫・門野真也関係の写真が並ぶし、
     
 『レース・雑感日記』と検索したら
 こんな『レース関連』の写真が並ぶし
 さらに一番上の欄にある分類で『片山義美』をクリックすると
 レースの中でも『片山義美』さん関連の写真が並ぶので、
 
  自分で写真を持っておく必要がないのである。
  逆に言うと、それだけ毎日ブログを発信しているから
  こんなことになるのである。
  これらは『ネット』が勝手に分類してくれているので、
  新しいパソコンに移す必要はないのだろう。
  明日からはこのブログも『新しいパソコン』で打つことになるだろう。
  これが3台目のパソコンで打つ『最後の雑感日記』なのである。
  長い間、ご苦労様でした
2021年10月27日

カワサキバイクマガジンの取材だった。

投稿者 : rfuruya

★ 昨日はカワサキバイクマガジンの取材だった。
 朝10時に三木の神戸電鉄緑が丘駅でお会いして、
 夕方5時にお帰りになるまで、ずっとカワサキのバイクのことを話していた。
 よくも話題があるなと思われるかも知れぬが、
 それは幾らでも続くのである。
 取材に来られたのはフリーライターの山下博央さんだが、
 バイクの世界に20年近くおられたようだし、
 私のブログも事前に確りとお読みのようだったので、
 何か『雑談をしている』ような感じのうちに終わってしまった。
 具体的な質問からは、ひどく脱線したことも多かったのだが、
 二輪の話から脱線することは全くない7時間だったのである。
   
  カワサキバイクマガジンの12月号カラー4ページの特集記事になるそうだが、
  それがどんな記事になるのかは全く予想もつかないのである。
  ほんとに久しぶりの記者の『インタビュウー』だったが、
  多分、満足された取材になったのだとは思っている。
  カワサキ二輪事業をスタートから約40年間担当したのだが、
  その中からどれが記事になるのか解らないが、11月半ばまでには纏められるそうである。
  写真も、これでもかというほど、いっぱい撮って行かれたが、
  これはプロの記者さんの常である。
  使う写真は1枚なのにといつも思うのだが・・・
    
  記録もいっぱいお見せしたし、
  ネットで私のブログから、記事も写真も幾らでも拾えるので、
  ホントにどんな記事になるのだろう。
 
 山下さん、名古屋から車でお越しになったのである。
 カワサキバイクマガジンの方は社長さん以下
 何人か面識はあるのだが、山下さんは初対面だった。
 でも、7時間も一緒にいるといろんな話が出来てお互い、ホントによかったと思っている。
 基本的なデーターは、私なりに纏めてあったので山下さんのメールアドレスにお送りしたし、
 今後、質問があればお答えできるし、
 『〇〇〇〇〇 雑感日記』と検索したら、幾らでも写真も、私の発想も出てくるので、
 『それは自由にお使い下さい』ということにした。
 多分『こんな取材』は山下さんも『初めて』だったのかも知れない。
 充分満足して『お帰りになった』と私自身は思っている。
★ 今回、新会社『カワサキモータース』がスタートして
  今後、どんな展開になるのか?
  新会社の新しいカワサキイメージの創造に取り組まれる新時代のスタートだが、
  これを契機に『カワサキバイクマガジン』もカワサキ新会社と手を組んで、
  『カワサキだけ』でなく『二輪の世界が広がる』ような活動を、などと
  私なりの意見も申し上げたのだが・・・・
  取材の一つのテーマであったKAZE
  Kawasaki Amusing Zone for Everybody  の頭文字をとったもので、
  Everybody がキーなのである。
  カワサキの熱烈なファンも、二輪の一般ユーザーも
  バイクには乗らないが関心はある人も(例えば私のような)
  みんなKAZE会員になる資格ありなのである。
  各メーカーも自らのブランドだけに拘らず
  より広い世界を見つめることが『二輪業界の発展』に繋がるのである。
  こんなことが私の基本的な発想で
  30年前KAZEをスタートさせたときは、
  熱烈なカワサキファンだけのKAZEの組織を解散することから始めたのである。
  そんなコンセプトでJCBと組んで社会の中のKAZEの位置づけにしたことが、
  30年経った今、カワサキのKAZEだけが残っているのだと思っている。
  質問以外のこんな話をいっぱいした7時間だったのである。
  私にとっても『山下さん』にとっても、
  間違いなく『Good Time な7時間』だったと思っている。
2021年10月26日

筋トレ   雑感

投稿者 : rfuruya

★ 昨日は終日雨だった。
 外で走れないのでジムのトレーニングを1時間半ほどやって戻ってきた。
 閑に任せて『人の筋肉』のことなどチェックしてみた。
 いっぱい記事が出てくるが、こんな風に書かれている。
日常生活に必要な筋肉ほど、早く衰える
 だが、筋肉は死ぬまでつく
 だから何歳でも筋トレをするべきだ。
 加齢に伴って筋肉がやせ衰えていくことを「加齢性筋萎縮症」・「サルコペニア」という。
そしてサルコペニアは、体重を支える下半身の筋肉など「日常生活に直結した筋肉」において激しく進行するという。
たとえば、体重を支える太ももの筋肉では、80歳くらいまでに、平均して20歳代の半分程度にまで筋肉が細くなる。
脚の筋肉の衰えは特に顕著であるうえに生活機能と直結します。
いつまでも活動的で元気に過ごすためには、特に脚の筋肉のサルコペニアをいかに防ぐかが極めて重要となるのです。』
 こんな風に書かれているのだが、
 私は70歳からストレッチをはじめ、
 77歳の時の体力測定で柔軟性は20歳と出て、体力年齢は52歳と出た。
 『筋力を鍛えましょう』と出たので、その時から50メートルダッシュを始めた。
 80歳代になってからだが、『ジムのトレーニング』も追加した。
 ほんとに筋力は何歳になってもつくのである。
 特に足の筋肉は若い時よりも確りしているかも知れない。
 いま太ももの太さは56cmあるので、ここに出ている表よりも太い。
 
 ジムでは特に足腰を鍛えるこんなマシンをよく使うのだが、
 そのいずれもちょっと無理すると100kgは大丈夫だから
 若い人には負けていないと思っている。
  
 これはジムのトレーニングも効いていると思うが
 毎日のスロー・ジョッギング50メートルダッシュが効いていると思う。
 こんな記事も出ていた。
 『75〜84歳の高齢者の歩く速さと10年後の生存率を調べた最近の研究では、歩くのが速い人は長く生きられるという。
筋肉量を維持するためには、少なくとも1日6000〜8000歩は歩くことが必要だが、さらに筋力を増やすには筋トレを行う必要があるとか。』
 私の場合は大体このレベルは維持できてるし、
 日によっては12000歩ぐらいになることもある。
 大体、8kmを目標にしているのである。
 時間にして毎日2時間は動いている。
★こんなことを書いてアップすることが励みにも繋がるのである。
 文字にして世の中に出せば、なかなか『サボる』ことが出来なくなるので、
 敢えて、こんな風に書いている。
 80歳ぐらいから、そんなに体力は落ちたりはしていないと思う。
 今の日課は、月・水・金はジムに行ってその後30分ほど走り、
 その他の曜日は公園でスロー・ジョッギングと50メートルダッシュを
 休みを入れるが延べ2時間弱やると、ほぼ8km・1万歩になるのだが、
 こんな日課が果たして何歳まで続けられるのだろうか?
 
 若いころから、基本的に『動くのが好き』だから出来るのだろう。
 逆に、じっとして『読書』などするのは苦手なのである。
2021年10月25日

カワサキアーカイブス & 私のアーカイブス    その 10

投稿者 : rfuruya

★『カワサキアーカイブス & 私のアーカイブス』も、
 この10回目で最後となる。
     昭和32年(1957)川崎航空機に入社以来の約40年間の現役生活は、
 その殆どをカワサキの単車事業と一緒に歩んだのだが、
 自分でも結構満足できるものだったと思っている。
      
 その最後の質問は『後輩に送る言葉と座右の銘は?』だったのだが、
後輩に送る言葉』は、躊躇なく即座に
 Kawasaki Let the Good Times roll !  と答えたのである。
 初めて出会った1974年当時はまだ42歳だった。
       
 アメリカのKMCで創られたこのコンセプトに甚く感銘したのだが、
 KMCでもその後、いつの間にか消えてしまっていたのである。
 然し、私の人生の中ではその後もずっと一緒に歩いてくれたコンセプトで、
 いつの日にかどこかで、と思っていたのだが、
 20年も経った1990年代の国内市場担当時代に、
 KMJで復活したのである。
      
 明石のショールームに飾っていたのだが、
 今もどこかに残っているのだろうか?
  が国内で復活し、
  高橋鐵郎さんが事業本部での世界展開にして、
  田崎雅元さんが川崎重工業のコンセプトにもしたのだが、
  その後、一時消えかかった時期もあったのである。
  その頃、カワサキで消えても世間で残そうと
  NPO 法人 The Good Times を立ち上げて、
  髙橋鐵郎さんにもその相談役になって頂いたのである。
 
  アメリカで創られたコンセプトなので正規の日本訳はないのだが
  高橋鐵郎さんが常に言われてたのは
  『カワサキに出会う人たちが、みんなハッピーになるような活動を
   カワサキは転がし続けます』 だったのである。
  そんなことから、カワサキの後輩たちには『この言葉を送りたい』と思ったのである。
★ このアーカイブスが作られたのは2019年のことだったのだが、
  それから2年が経過して、
  今年10月1日付で新しく『カワサキモータース』がスタートしたのだが
  その新会社の新しいミッションに
  Kawasaki Let the Good Times roll ! が採用され、
  その新ブランドロゴは、このように一新されたのである。
     
  これで、もうこのコンセプトは永久に消えることはないのだろう。
  川重の橋本社長はじめ、新会社の首脳陣の方々に感謝である。
   
★ 『座右の銘は?』と言われて
  『人の不幸を喜ぶ者は自らの無力を恥じよ』という言葉だと答えた。
   これは吉田茂内閣の副総理であった緒方竹虎の言葉である。
   若いころ新聞で、緒方さんが語っておられるのを見て、
   このように生きたいと思ったのである。
  
   『人の不幸を喜んだりはしない』と思うのだが
   よく考えてみるとそうでもないのである。
   レースでも相手がこけたら喜ぶし
   会社でも、競争相手が失敗したら内心喜んだりするのである。
   『自分にそれだけの実力がない』ということなので、
   私は自分に厳しく生きたいと思っているのである。
   Let the Good Times roll. もある意味『座右の銘』とも言えるかも。
   それくらい私は一緒に歩いてきた。
   Furuya. Let the Good Times roll !
        『私に出会う人たちが、ハッピーになるように』行動しようと常に思ったのである。
   そんな人生を送りたいと思って生きてきたが、
   もう88歳、米寿を迎えてしまっている。
  『人の不幸を喜ばない』ほどの実力は付けられぬまま終わりそうだが、
  『私に出会った人たちがハッピーになるような行動』は
   何とか出来たのではないかなと思ったりもしているのである。
  人生の終わり近くに、
  こんな『アーカイブス』を創ってくれて
  『カワサキの歴史』を語らせてくれた『Kawasaki』に感謝なのである。
   最後に、私の川崎航空機入社以来の略歴である。
   
  カワサキが単車事業をスタートした1960年以降退職するまで、
  一貫してカワサキの二輪事業と共に歩めたことは
  ハッピーだったと思っている。
2021年10月24日

三木山森林公園の山道を歩いてきた

投稿者 : rfuruya

★三木山森林公園は自然が残された散歩道がいっぱいだが、
 その典型的な道が『山の中の道』である。
 それはこんな約3.5kmのこんなコースである。
 
 これはホントに山の中の上り下りばかりの細い道で
 あまり通る人もいない。
 私も確か『2年振り』なのである。
 道順通りに写真を撮ってきたのでご紹介しよう。
 駐車場のヨコの入口から20mも歩くとこんな感じになる。
 
 こんな登り道である。
 だんだんと細くなって、こんな羊歯が生えた横を通ったりする。
 こんな坂道を上り切ったところが『ピクニック広場』だが
 ここに通じるもっとなだらかな広い道もほかにある。
    普通はみんなその道を通るのである。
 そこからはこんなちょっと広い道が100m程続くのだが、
 そこを右に曲がると『全くの山道』になる。
 途端に道は狭くなり、こんな下り。
 写真で見るよりは勾配がきつい。
 注意しないと簡単には歩けない。
 一転急な登りだが、上り坂のほうが歩くのは簡単である。
 こんな山道が延々と続くのである。
 ここも急な下りの階段と、逆に上りに変わる谷間である。
 登り切ったところにこんな道するべが立っている。
 ピクニック広場から険しい道を約600m歩いてきたということである。
 真っ直ぐ森の文化館のほうに行けば『あずま屋』はすぐ横だし、200mで行けるのだが、
 『遊歩道』のほうを選んだのである。
 ここからは距離もあるし、大変なのである。
 どこまで行けばいいのかと思うほど、山道が続くのである。
 途中で『これは88歳のおじんが通る道ではないな』とも思ったし、
 『この道は今回で最後にしよ』とも思った。
 『こんな道で足でもくじいたりしたら、何を言われるかも解らない。』
 前回通ったのは、確か2年程前なのだが、
 それまでは、よく通った道なのである。
 やはり、元気だとは言え『歳をとったな』とつくづくそう思った。
 やっと森の小劇場が見えて、ホッとした。
 ここまでくると『普通の公園』なのである。
 三木山森林公園は散歩道が縦横に拡がっていて、
 『普通の山の中の道』は砂利道だが広いし、多くの散歩を楽しむ方がいっぱいなのだが、
 この山の中では出会った方は3.5km歩いて、二人だけだった。
 そして元の駐車場のところに戻ってきた。
 昨日、歩いた歩数は約5000歩、
 距離にして約3.5km
 要した時間が40分 だった。
       
 今回を最後にしようと思ったのだが、
 また、気が変わってチャレンジするかも知れない。
2021年10月23日

カワサキアーカイブス & 私のアーカイブス    その 9

投稿者 : rfuruya
★ カワサキの最大の危機だった時期を乗り切って、
 事業の安定期に入り、1988年10月からは
 『国内市場7万台の目標』を背負って国内市場を専務として担当することとなったのである。
 国内市場を担当する『カワサキオートバイ販売』の前身は
 川崎航空機時代の『カワサキ自動車販売』で、
 その時代のTOPは、川航の専務が担当していて明石の事業本部よりも上位に位置する会社だった。
 そんな経緯から、世界の販社の中で国内販社だけが事業本部長が兼務するということになっていたのである。
 私が国内市場を担当した88年以降の10年間
   髙橋鐵郎社長との3回目のコンビで『7万台の目標』に挑戦したのである。
 1回目は1976年の東南アジア市場開発室のCKDの3年間
 2回目は1982年からの企画室時代単車事業再建の4年間
 高橋鐵郎さんとのコンビは延べ17年間にも及び私の現役生活の約半分にもなるのである。
   
★ 『7万台への挑戦』これは本当にべらぼうに高い目標なのだが、
 それがほぼ達成が見込まれた3年後の1991年4月に
 事業本部の部課長300人を前に『新しいカワサキのイメージ戦略』と題して、スピーチをしている記録が残されている。
 その中でこのように述べている。
  
 88年10月に国内を担当して、真っ先にやったのは『イメージ調査』なのである。
 88年のカワサキのイメージは左側で、
 『デザインは個性的で、海外評価は高く、玄人受けはする』が
 『レースに弱く、宣伝のセンスがなく、常にチャレンジしな
  何よりもその『イメージ総量』が小さくて、こんなイメージでは『7万』などとても売れないのである。
新しいカワサキのイメージ創造』に挑戦したのである。
 それが『テーマ 新しいカワサキの創造』で
 KAWASAKI GOOD TIMES CONCEPT を基本コンセプトに展開したのである。
 特に力を入れたのがユーザー対策 KAZEで、
 新しくソフト会社『ケイ・スポーツ・システム』を創って本格的に対応したのである。
 当時はHART・YESSなど各社にもあったユーザークラブだが、
 30年経って今も残って活動しているのはKAZEだけなのである。
 なぜKAZEだけが残ったのか?
 そんな詳しい経緯は実はこの10月26日に
 カワサキバイクマガジンの取材があって、
 その記事は12月号に掲載されるそうだから、敢えてここでは書かないが、
 カワサキ独自の対策がいろいろとあったのである。
 上記のイメージ図を見ても、
 たった1年でカワサキのイメージが大きく転換したのをお解り頂けると思う。
 私の『生き方の基本』はマーケッテングの基本でもある『差別化』なのである。
★この時期、あのZEPHYR発売があり、コレが7万台に貢献したのも事実である。
  
期待される機種の発売時期は、春のシーズン前の2月・3月なのだが
ZEPHYRの発売時期は、それが過ぎた5月だったし生産台数は非常に少なかったのである。
 レーサーレプリカ最盛期に何の特徴もないこのような車が売れるとは
 誰も思わなかったのである。
  
 それが生産台数が余りにも少ないものだから、『バックオーダー』が発生したのである。
 バックオーダーがあるということは『いい車の象徴』なのだが、この管理はなかなかムツカシイのである。
 かってFX400も4か月ものバックオーダーがあり、
 生産を上げて補給したら、それは一瞬に消えてしまったのである。
 それは一人の客が何店もの店を訪問するため、実際の数より多く集計されるからだと、その時初めて解かったので
 ZEPHYRの場合はそれが消えないように慎重に出荷を調整したら
 3年間もバックオーダーが継続したので、ある意味創られたヒット商品だったと言えるのかも知れない。
 
 それにしてもよく売れ続いて、
 『7万台の目標達成』に大いに貢献したのである。
★この時期特筆できるのは『ソフトの事業化』で
 『ケイ・スポーツ・システム』というカワサキでも業界でも初めての
 『ソフト会社』を創っての対応であった。
 この会社は『遊び会社』なのだが『遊び半分ではいい遊びは出来ない』と
 ほんとに真剣に遊びの提供をしたのである。
  
その具体的な例の一つが日本で初めての一般のユーザーが走れるサーキット
SPA直入』で、
 当時は鈴鹿をはじめ日本のどこのサーキットもレーサー以外は走れなかったのである。
   全国に豪華なKAWASAKI PLAZAを展開したし、
 中でも東京新宿のPLAZAはその規模も立地も最高だったのである。
 
二輪販売は基本的に『セールス』などは不要の販売店網で売る『システム販』なのである。
 やっと最近ホンダさんが『ネット販売』を手掛けられたが、
 このネットの時代になぜ『ネット販売』をやらないのかと思っていたのである。
 
30年前、私の最後の国内市場担当当時の機能図である。
販売機能自体は上の3行でほんの僅かその主体はユーザーや仲間や社会と直接つなぐ、
ケイ・コンシューマー・サービス』や『ケイ・スポーツ・システム』で
 その中味はショールーム・サーキット運営・KAZE活動・イベント・レースなど
 『二輪の遊び』主体の運営だったのである。
 この時期のカワサキの私独特のバランスシートをご紹介しておこう。
 経営の根幹は金であることは間違いないのだが、
 それを『いい会社』として運営するのは『システム』であり
 それを『可能にする』のは『高質人材』・『人材育成』が基本だと思っている。
 
 このバランスシートの『お金から下』の
 こんな『総合的なシステム運営』が7万台の販売実現に繋がったと思っているのだが・・
 遊びは?
もっとまじめに販売を』やればもっと売れると思われたのだろうが・・
   折しも『新カワサキモータース』の新会社のスタートである。
 なかなか『遊び心』を持たれていて期待しているのである。

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