The Good Timesは「みんな繋いで楽しくいいときを過ごそう」「異種、異質、異地域の人々を繋いでいくトータルシステム造りを目指す」そんなNPO法人です。

いろんな方の繋がりを期待しています。

ツイッター
The Good Times 公式アカウント
「rfuruya1」フォロワー数約20万人!
(2011.12現在)
● 個人会員さんのツイート(リスト)
ブログリンク集
会員さんたちの異種・異質・多彩なブログです。更新順に掲載されます。
掲載希望の会員の方は、こちらのフォームから登録申請してください。
タンブラー
会員さんのブログをピックアップしてご紹介
facebook
The Good Times のfacebookページ
グッドタイムス新聞
NPO The Good Times 新聞 (毎朝4時更新)
 

ブログ

2021年10月28日

新しいパソコン

投稿者 : rfuruya
★ 新しいパソコンが午前中に届いて、
 午後から旧いパソコンのデーターの移動をプロの方にやってもらった。
   2時間ちょっとかかったが、Facebook  もツイッターもみんな新しく登録しなおさなければならないので、
 そのパスワードなど調べるのに大変だったが、やっと何とかなって
 今ブログをアップしている。
 これが新しいパソコンである。
 富士通の一番新しい型のWindows 11で、
 確かにスピードはがぜん速いようにも思う。
  
 何とかブログを書くぐらいは大丈夫だが、
写真の切り取り、縮小などは
こんな風に出来はしたのだが、以前とはやり方が違って、
出来たけれど、身につくまではなかなか大変だなと思う。
   
 ネットの世界も7年も経つとどんどん進化して
 新しい方法が出るのは当然なのだが、
 私にとってはそれがムツカシク感じたりする。
 3台目の時も写真の取り込み方などが一番ややこしくて大変だったのだが、
 今回も同じようなことのようである。
 まずは、ブログ・雑感日記は無事アップできたので一安心なのである。
 これがFacebook やTwitter に転記できるかやってみたい。

パソコン 最後の日

投稿者 : rfuruya

★ 7年間ほど使ったパソコンだが今日で最後である。
  午前中に新しいパソコンが届いて、
  午後にはそのセッテングとデーターの移管に、
  プロがやってくる。
  ブログやFacebook やツイッターなど結構確りとやってるので、
  パソコンにも詳しいと思われるようだが、
  技術的には全くダメで、やってること以外は『何も解らない
  と言ったほうがいい。
  現役時代はパソコンなどご縁がなくて
  パソコンを始めたのは70歳ごろから、それも独学である。
  2006ねん9月にブログ雑感日記をスタートして、お蔭様で15年毎日続いている。
  このパソコンは3台目、今日来る新しいのは4台目なのである。
  
  多分まだまだ使えるとは思うのだが、
  いま、デイスクが中に入ったままで『取りだせない』ようになってしまったので、
  富士通の人が『本体が突然動かないようになっては大変だから』と
  新しいパソコンにするように奨めてくれたので、
  素直にそれを受け入れたのである。
  やってることは限られているので、
  アイコンの数も少ないし、
  そんな少ないアイコンだが、一番右の列ぐらいしか使わない。
 
 毎日やってると言えば
 gooのブログ雑感日記とそれを転記するFacebookとTwitter 
  それにFitbit 関連と パンダ碁ぐらいである。
  
★ 写真などもほんの一部しか保存していないのだが、
  『門野真也 雑感日記』と検索すると
         こんな孫・門野真也関係の写真が並ぶし、
     
 『レース・雑感日記』と検索したら
 こんな『レース関連』の写真が並ぶし
 さらに一番上の欄にある分類で『片山義美』をクリックすると
 レースの中でも『片山義美』さん関連の写真が並ぶので、
 
  自分で写真を持っておく必要がないのである。
  逆に言うと、それだけ毎日ブログを発信しているから
  こんなことになるのである。
  これらは『ネット』が勝手に分類してくれているので、
  新しいパソコンに移す必要はないのだろう。
  明日からはこのブログも『新しいパソコン』で打つことになるだろう。
  これが3台目のパソコンで打つ『最後の雑感日記』なのである。
  長い間、ご苦労様でした
2021年10月27日

カワサキバイクマガジンの取材だった。

投稿者 : rfuruya

★ 昨日はカワサキバイクマガジンの取材だった。
 朝10時に三木の神戸電鉄緑が丘駅でお会いして、
 夕方5時にお帰りになるまで、ずっとカワサキのバイクのことを話していた。
 よくも話題があるなと思われるかも知れぬが、
 それは幾らでも続くのである。
 取材に来られたのはフリーライターの山下博央さんだが、
 バイクの世界に20年近くおられたようだし、
 私のブログも事前に確りとお読みのようだったので、
 何か『雑談をしている』ような感じのうちに終わってしまった。
 具体的な質問からは、ひどく脱線したことも多かったのだが、
 二輪の話から脱線することは全くない7時間だったのである。
   
  カワサキバイクマガジンの12月号カラー4ページの特集記事になるそうだが、
  それがどんな記事になるのかは全く予想もつかないのである。
  ほんとに久しぶりの記者の『インタビュウー』だったが、
  多分、満足された取材になったのだとは思っている。
  カワサキ二輪事業をスタートから約40年間担当したのだが、
  その中からどれが記事になるのか解らないが、11月半ばまでには纏められるそうである。
  写真も、これでもかというほど、いっぱい撮って行かれたが、
  これはプロの記者さんの常である。
  使う写真は1枚なのにといつも思うのだが・・・
    
  記録もいっぱいお見せしたし、
  ネットで私のブログから、記事も写真も幾らでも拾えるので、
  ホントにどんな記事になるのだろう。
 
 山下さん、名古屋から車でお越しになったのである。
 カワサキバイクマガジンの方は社長さん以下
 何人か面識はあるのだが、山下さんは初対面だった。
 でも、7時間も一緒にいるといろんな話が出来てお互い、ホントによかったと思っている。
 基本的なデーターは、私なりに纏めてあったので山下さんのメールアドレスにお送りしたし、
 今後、質問があればお答えできるし、
 『〇〇〇〇〇 雑感日記』と検索したら、幾らでも写真も、私の発想も出てくるので、
 『それは自由にお使い下さい』ということにした。
 多分『こんな取材』は山下さんも『初めて』だったのかも知れない。
 充分満足して『お帰りになった』と私自身は思っている。
★ 今回、新会社『カワサキモータース』がスタートして
  今後、どんな展開になるのか?
  新会社の新しいカワサキイメージの創造に取り組まれる新時代のスタートだが、
  これを契機に『カワサキバイクマガジン』もカワサキ新会社と手を組んで、
  『カワサキだけ』でなく『二輪の世界が広がる』ような活動を、などと
  私なりの意見も申し上げたのだが・・・・
  取材の一つのテーマであったKAZE
  Kawasaki Amusing Zone for Everybody  の頭文字をとったもので、
  Everybody がキーなのである。
  カワサキの熱烈なファンも、二輪の一般ユーザーも
  バイクには乗らないが関心はある人も(例えば私のような)
  みんなKAZE会員になる資格ありなのである。
  各メーカーも自らのブランドだけに拘らず
  より広い世界を見つめることが『二輪業界の発展』に繋がるのである。
  こんなことが私の基本的な発想で
  30年前KAZEをスタートさせたときは、
  熱烈なカワサキファンだけのKAZEの組織を解散することから始めたのである。
  そんなコンセプトでJCBと組んで社会の中のKAZEの位置づけにしたことが、
  30年経った今、カワサキのKAZEだけが残っているのだと思っている。
  質問以外のこんな話をいっぱいした7時間だったのである。
  私にとっても『山下さん』にとっても、
  間違いなく『Good Time な7時間』だったと思っている。
2021年10月26日

筋トレ   雑感

投稿者 : rfuruya

★ 昨日は終日雨だった。
 外で走れないのでジムのトレーニングを1時間半ほどやって戻ってきた。
 閑に任せて『人の筋肉』のことなどチェックしてみた。
 いっぱい記事が出てくるが、こんな風に書かれている。
日常生活に必要な筋肉ほど、早く衰える
 だが、筋肉は死ぬまでつく
 だから何歳でも筋トレをするべきだ。
 加齢に伴って筋肉がやせ衰えていくことを「加齢性筋萎縮症」・「サルコペニア」という。
そしてサルコペニアは、体重を支える下半身の筋肉など「日常生活に直結した筋肉」において激しく進行するという。
たとえば、体重を支える太ももの筋肉では、80歳くらいまでに、平均して20歳代の半分程度にまで筋肉が細くなる。
脚の筋肉の衰えは特に顕著であるうえに生活機能と直結します。
いつまでも活動的で元気に過ごすためには、特に脚の筋肉のサルコペニアをいかに防ぐかが極めて重要となるのです。』
 こんな風に書かれているのだが、
 私は70歳からストレッチをはじめ、
 77歳の時の体力測定で柔軟性は20歳と出て、体力年齢は52歳と出た。
 『筋力を鍛えましょう』と出たので、その時から50メートルダッシュを始めた。
 80歳代になってからだが、『ジムのトレーニング』も追加した。
 ほんとに筋力は何歳になってもつくのである。
 特に足の筋肉は若い時よりも確りしているかも知れない。
 いま太ももの太さは56cmあるので、ここに出ている表よりも太い。
 
 ジムでは特に足腰を鍛えるこんなマシンをよく使うのだが、
 そのいずれもちょっと無理すると100kgは大丈夫だから
 若い人には負けていないと思っている。
  
 これはジムのトレーニングも効いていると思うが
 毎日のスロー・ジョッギング50メートルダッシュが効いていると思う。
 こんな記事も出ていた。
 『75〜84歳の高齢者の歩く速さと10年後の生存率を調べた最近の研究では、歩くのが速い人は長く生きられるという。
筋肉量を維持するためには、少なくとも1日6000〜8000歩は歩くことが必要だが、さらに筋力を増やすには筋トレを行う必要があるとか。』
 私の場合は大体このレベルは維持できてるし、
 日によっては12000歩ぐらいになることもある。
 大体、8kmを目標にしているのである。
 時間にして毎日2時間は動いている。
★こんなことを書いてアップすることが励みにも繋がるのである。
 文字にして世の中に出せば、なかなか『サボる』ことが出来なくなるので、
 敢えて、こんな風に書いている。
 80歳ぐらいから、そんなに体力は落ちたりはしていないと思う。
 今の日課は、月・水・金はジムに行ってその後30分ほど走り、
 その他の曜日は公園でスロー・ジョッギングと50メートルダッシュを
 休みを入れるが延べ2時間弱やると、ほぼ8km・1万歩になるのだが、
 こんな日課が果たして何歳まで続けられるのだろうか?
 
 若いころから、基本的に『動くのが好き』だから出来るのだろう。
 逆に、じっとして『読書』などするのは苦手なのである。
2021年10月25日

カワサキアーカイブス & 私のアーカイブス    その 10

投稿者 : rfuruya

★『カワサキアーカイブス & 私のアーカイブス』も、
 この10回目で最後となる。
     昭和32年(1957)川崎航空機に入社以来の約40年間の現役生活は、
 その殆どをカワサキの単車事業と一緒に歩んだのだが、
 自分でも結構満足できるものだったと思っている。
      
 その最後の質問は『後輩に送る言葉と座右の銘は?』だったのだが、
後輩に送る言葉』は、躊躇なく即座に
 Kawasaki Let the Good Times roll !  と答えたのである。
 初めて出会った1974年当時はまだ42歳だった。
       
 アメリカのKMCで創られたこのコンセプトに甚く感銘したのだが、
 KMCでもその後、いつの間にか消えてしまっていたのである。
 然し、私の人生の中ではその後もずっと一緒に歩いてくれたコンセプトで、
 いつの日にかどこかで、と思っていたのだが、
 20年も経った1990年代の国内市場担当時代に、
 KMJで復活したのである。
      
 明石のショールームに飾っていたのだが、
 今もどこかに残っているのだろうか?
  が国内で復活し、
  高橋鐵郎さんが事業本部での世界展開にして、
  田崎雅元さんが川崎重工業のコンセプトにもしたのだが、
  その後、一時消えかかった時期もあったのである。
  その頃、カワサキで消えても世間で残そうと
  NPO 法人 The Good Times を立ち上げて、
  髙橋鐵郎さんにもその相談役になって頂いたのである。
 
  アメリカで創られたコンセプトなので正規の日本訳はないのだが
  高橋鐵郎さんが常に言われてたのは
  『カワサキに出会う人たちが、みんなハッピーになるような活動を
   カワサキは転がし続けます』 だったのである。
  そんなことから、カワサキの後輩たちには『この言葉を送りたい』と思ったのである。
★ このアーカイブスが作られたのは2019年のことだったのだが、
  それから2年が経過して、
  今年10月1日付で新しく『カワサキモータース』がスタートしたのだが
  その新会社の新しいミッションに
  Kawasaki Let the Good Times roll ! が採用され、
  その新ブランドロゴは、このように一新されたのである。
     
  これで、もうこのコンセプトは永久に消えることはないのだろう。
  川重の橋本社長はじめ、新会社の首脳陣の方々に感謝である。
   
★ 『座右の銘は?』と言われて
  『人の不幸を喜ぶ者は自らの無力を恥じよ』という言葉だと答えた。
   これは吉田茂内閣の副総理であった緒方竹虎の言葉である。
   若いころ新聞で、緒方さんが語っておられるのを見て、
   このように生きたいと思ったのである。
  
   『人の不幸を喜んだりはしない』と思うのだが
   よく考えてみるとそうでもないのである。
   レースでも相手がこけたら喜ぶし
   会社でも、競争相手が失敗したら内心喜んだりするのである。
   『自分にそれだけの実力がない』ということなので、
   私は自分に厳しく生きたいと思っているのである。
   Let the Good Times roll. もある意味『座右の銘』とも言えるかも。
   それくらい私は一緒に歩いてきた。
   Furuya. Let the Good Times roll !
        『私に出会う人たちが、ハッピーになるように』行動しようと常に思ったのである。
   そんな人生を送りたいと思って生きてきたが、
   もう88歳、米寿を迎えてしまっている。
  『人の不幸を喜ばない』ほどの実力は付けられぬまま終わりそうだが、
  『私に出会った人たちがハッピーになるような行動』は
   何とか出来たのではないかなと思ったりもしているのである。
  人生の終わり近くに、
  こんな『アーカイブス』を創ってくれて
  『カワサキの歴史』を語らせてくれた『Kawasaki』に感謝なのである。
   最後に、私の川崎航空機入社以来の略歴である。
   
  カワサキが単車事業をスタートした1960年以降退職するまで、
  一貫してカワサキの二輪事業と共に歩めたことは
  ハッピーだったと思っている。
2021年10月24日

三木山森林公園の山道を歩いてきた

投稿者 : rfuruya

★三木山森林公園は自然が残された散歩道がいっぱいだが、
 その典型的な道が『山の中の道』である。
 それはこんな約3.5kmのこんなコースである。
 
 これはホントに山の中の上り下りばかりの細い道で
 あまり通る人もいない。
 私も確か『2年振り』なのである。
 道順通りに写真を撮ってきたのでご紹介しよう。
 駐車場のヨコの入口から20mも歩くとこんな感じになる。
 
 こんな登り道である。
 だんだんと細くなって、こんな羊歯が生えた横を通ったりする。
 こんな坂道を上り切ったところが『ピクニック広場』だが
 ここに通じるもっとなだらかな広い道もほかにある。
    普通はみんなその道を通るのである。
 そこからはこんなちょっと広い道が100m程続くのだが、
 そこを右に曲がると『全くの山道』になる。
 途端に道は狭くなり、こんな下り。
 写真で見るよりは勾配がきつい。
 注意しないと簡単には歩けない。
 一転急な登りだが、上り坂のほうが歩くのは簡単である。
 こんな山道が延々と続くのである。
 ここも急な下りの階段と、逆に上りに変わる谷間である。
 登り切ったところにこんな道するべが立っている。
 ピクニック広場から険しい道を約600m歩いてきたということである。
 真っ直ぐ森の文化館のほうに行けば『あずま屋』はすぐ横だし、200mで行けるのだが、
 『遊歩道』のほうを選んだのである。
 ここからは距離もあるし、大変なのである。
 どこまで行けばいいのかと思うほど、山道が続くのである。
 途中で『これは88歳のおじんが通る道ではないな』とも思ったし、
 『この道は今回で最後にしよ』とも思った。
 『こんな道で足でもくじいたりしたら、何を言われるかも解らない。』
 前回通ったのは、確か2年程前なのだが、
 それまでは、よく通った道なのである。
 やはり、元気だとは言え『歳をとったな』とつくづくそう思った。
 やっと森の小劇場が見えて、ホッとした。
 ここまでくると『普通の公園』なのである。
 三木山森林公園は散歩道が縦横に拡がっていて、
 『普通の山の中の道』は砂利道だが広いし、多くの散歩を楽しむ方がいっぱいなのだが、
 この山の中では出会った方は3.5km歩いて、二人だけだった。
 そして元の駐車場のところに戻ってきた。
 昨日、歩いた歩数は約5000歩、
 距離にして約3.5km
 要した時間が40分 だった。
       
 今回を最後にしようと思ったのだが、
 また、気が変わってチャレンジするかも知れない。
2021年10月23日

カワサキアーカイブス & 私のアーカイブス    その 9

投稿者 : rfuruya
★ カワサキの最大の危機だった時期を乗り切って、
 事業の安定期に入り、1988年10月からは
 『国内市場7万台の目標』を背負って国内市場を専務として担当することとなったのである。
 国内市場を担当する『カワサキオートバイ販売』の前身は
 川崎航空機時代の『カワサキ自動車販売』で、
 その時代のTOPは、川航の専務が担当していて明石の事業本部よりも上位に位置する会社だった。
 そんな経緯から、世界の販社の中で国内販社だけが事業本部長が兼務するということになっていたのである。
 私が国内市場を担当した88年以降の10年間
   髙橋鐵郎社長との3回目のコンビで『7万台の目標』に挑戦したのである。
 1回目は1976年の東南アジア市場開発室のCKDの3年間
 2回目は1982年からの企画室時代単車事業再建の4年間
 高橋鐵郎さんとのコンビは延べ17年間にも及び私の現役生活の約半分にもなるのである。
   
★ 『7万台への挑戦』これは本当にべらぼうに高い目標なのだが、
 それがほぼ達成が見込まれた3年後の1991年4月に
 事業本部の部課長300人を前に『新しいカワサキのイメージ戦略』と題して、スピーチをしている記録が残されている。
 その中でこのように述べている。
  
 88年10月に国内を担当して、真っ先にやったのは『イメージ調査』なのである。
 88年のカワサキのイメージは左側で、
 『デザインは個性的で、海外評価は高く、玄人受けはする』が
 『レースに弱く、宣伝のセンスがなく、常にチャレンジしな
  何よりもその『イメージ総量』が小さくて、こんなイメージでは『7万』などとても売れないのである。
新しいカワサキのイメージ創造』に挑戦したのである。
 それが『テーマ 新しいカワサキの創造』で
 KAWASAKI GOOD TIMES CONCEPT を基本コンセプトに展開したのである。
 特に力を入れたのがユーザー対策 KAZEで、
 新しくソフト会社『ケイ・スポーツ・システム』を創って本格的に対応したのである。
 当時はHART・YESSなど各社にもあったユーザークラブだが、
 30年経って今も残って活動しているのはKAZEだけなのである。
 なぜKAZEだけが残ったのか?
 そんな詳しい経緯は実はこの10月26日に
 カワサキバイクマガジンの取材があって、
 その記事は12月号に掲載されるそうだから、敢えてここでは書かないが、
 カワサキ独自の対策がいろいろとあったのである。
 上記のイメージ図を見ても、
 たった1年でカワサキのイメージが大きく転換したのをお解り頂けると思う。
 私の『生き方の基本』はマーケッテングの基本でもある『差別化』なのである。
★この時期、あのZEPHYR発売があり、コレが7万台に貢献したのも事実である。
  
期待される機種の発売時期は、春のシーズン前の2月・3月なのだが
ZEPHYRの発売時期は、それが過ぎた5月だったし生産台数は非常に少なかったのである。
 レーサーレプリカ最盛期に何の特徴もないこのような車が売れるとは
 誰も思わなかったのである。
  
 それが生産台数が余りにも少ないものだから、『バックオーダー』が発生したのである。
 バックオーダーがあるということは『いい車の象徴』なのだが、この管理はなかなかムツカシイのである。
 かってFX400も4か月ものバックオーダーがあり、
 生産を上げて補給したら、それは一瞬に消えてしまったのである。
 それは一人の客が何店もの店を訪問するため、実際の数より多く集計されるからだと、その時初めて解かったので
 ZEPHYRの場合はそれが消えないように慎重に出荷を調整したら
 3年間もバックオーダーが継続したので、ある意味創られたヒット商品だったと言えるのかも知れない。
 
 それにしてもよく売れ続いて、
 『7万台の目標達成』に大いに貢献したのである。
★この時期特筆できるのは『ソフトの事業化』で
 『ケイ・スポーツ・システム』というカワサキでも業界でも初めての
 『ソフト会社』を創っての対応であった。
 この会社は『遊び会社』なのだが『遊び半分ではいい遊びは出来ない』と
 ほんとに真剣に遊びの提供をしたのである。
  
その具体的な例の一つが日本で初めての一般のユーザーが走れるサーキット
SPA直入』で、
 当時は鈴鹿をはじめ日本のどこのサーキットもレーサー以外は走れなかったのである。
   全国に豪華なKAWASAKI PLAZAを展開したし、
 中でも東京新宿のPLAZAはその規模も立地も最高だったのである。
 
二輪販売は基本的に『セールス』などは不要の販売店網で売る『システム販』なのである。
 やっと最近ホンダさんが『ネット販売』を手掛けられたが、
 このネットの時代になぜ『ネット販売』をやらないのかと思っていたのである。
 
30年前、私の最後の国内市場担当当時の機能図である。
販売機能自体は上の3行でほんの僅かその主体はユーザーや仲間や社会と直接つなぐ、
ケイ・コンシューマー・サービス』や『ケイ・スポーツ・システム』で
 その中味はショールーム・サーキット運営・KAZE活動・イベント・レースなど
 『二輪の遊び』主体の運営だったのである。
 この時期のカワサキの私独特のバランスシートをご紹介しておこう。
 経営の根幹は金であることは間違いないのだが、
 それを『いい会社』として運営するのは『システム』であり
 それを『可能にする』のは『高質人材』・『人材育成』が基本だと思っている。
 
 このバランスシートの『お金から下』の
 こんな『総合的なシステム運営』が7万台の販売実現に繋がったと思っているのだが・・
 遊びは?
もっとまじめに販売を』やればもっと売れると思われたのだろうが・・
   折しも『新カワサキモータース』の新会社のスタートである。
 なかなか『遊び心』を持たれていて期待しているのである。
2021年10月22日

ヤクルトが優勝するだろうか?

投稿者 : rfuruya
★ プロ野球も最終段階に入った。
 特にどの球団、という熱烈なファンでもないのだが、
 どこが優勝するかな?という興味はある。
 セントラルは途中まで阪神がぶっちぎりだったのに
 後半ヤクルトが躍進してほぼ優勝を決めたのではないかなと言われたのに
 昨日は阪神が勝って、ヤクルトが負けたので
 その差はハンゲームになった。
 今の順位表を見るとこんな状況である。
  
 この数値を見る限り、ヤクルトの優勝が順当かなと思う。
 こんなにはっきりと数字に表れるのかとびっくりした。
 得失点差が100点以上もあって、阪神の30点余りを圧倒しているし、
 打率・ホームランも阪神を上回っていて、
 防御率はほぼ並び、負けてるのは盗塁だが、それでも2位の位置にいる。
 『ヤクルトは0勝1敗5分けでも優勝』とあるが
 その1敗を昨日してしまった。
 ほんとに優勝するのだろうか?
 
★ ヤクルトは確か昨年度は最下位だったと思ったのだが、
 前回の優勝は6年前で、阪神は16年も優勝がないのである。
 阪神は常に上位にはいたと思うが、そんなに長く優勝がないとは思わなかった。
 全く個人的な感想だが、
 今年の阪神は特に後半の矢野監督の采配がおかしかったのでは?
 佐藤輝明が突然打てなくなったりはしたが、
 前半の快進撃は佐藤の貢献が大きかったし、
 辛抱して使い続けるべきだったと思っている。
 佐藤が打線からいなくなってから、阪神のテレビも観なくなってしまった。
 プロ野球なんだから『ワクワク感』がないのはダメだと思う。
 毎試合のように変わった打線では、チームとしての安定感がなかったように思う。
★ ヤクルトは嫌いなチームではなく、
 昨今はどちらかというとヤクルトを応援していた。
 山田哲人はホントにプロらしい一番好きな選手で、
 あの打撃ホームがいいと思っている。
  
 ずっと以前の国鉄スワローズ時代だが、
 スタート時点の初代総監督楠見幸信は母の兄で伯父に当たるし
 当時大活躍の金田正一は私と同級生なのである。
 そんなこともあって、今年のスワローズは応援してたのである。
 パシフィックは未だ解らないが、
 関西球団のオリックスが優勝すればいいなと思っている。
 ずっと昔イチローがいたころの本拠地球場は神戸の須磨だったので
 結構よく試合を観に行ったものである。
 果たして、最後はどのチームが優勝するのだろう?
2021年10月21日

カワサキアーカイブス & 私のアーカイブス    その 8

投稿者 : rfuruya

★ カワサキの二輪事業はアメリカ市場中心でその規模を拡大してきたことは間違いないのだが、
 その中心市場のアメリカの販売会社KMCの経営が極端に悪化して
 カワサキの二輪事業が危機に瀕した時代があったのである。
 KMCの経営悪化は1980年代から始まって、
 81年にはその経営再建髙橋鐵郎・田崎雅元コンビで臨んだのだが、
 その81年度も100億円を超す赤字になってしまったのである。
 
 KMCが100億円以上の赤字を計上すると連結決算されるので、
 本体の川崎重工業も赤字になって、
 川重が無配になってしまった、そんな危機的状況になったのである。
そのKMCの経営対策に川重本社は2年間で500億円もの資金を投入したのだが、
 そのうち1年目に投じた200億円はその効果も現れないままに
 100億円の赤字となってしまったのである。
 なぜそんなことになったのか?
 いろいろな結果が重なってはいるのだが、
 ひとつの要因は、HY戦争がアメリカ市場にまで飛び火して、
 その『安売り競争』に巻き込まれたこと、これが経営の悪化の『原因の一つ』だが、
 当時はアメリカの金利が18%もした高金利時代で、
 たまたまこの時にはちょっと販売も落ちて在庫過剰になり
 その在庫資金に借りた銀行の借入金が300億円もあって、
 その金利負担だけでも60億円もの膨大な額になっていたのである。
 『HY戦争の安売り』『在庫負担』『金利負担』『高金利』などが
 重なってしまって『100億円もの赤字』になったのだが、
 その具体的な対策ががなかなか解らなかったのである。
1982年4月には川重本社にKMC再建委員会が作られて、
 単車出身の山田専務がその委員長になられたのである。
 山田さんとは若いころレース委員会でご一緒だったし、
 神戸一中の先輩でもあって非常に可愛がって貰っていたのだが、
 その山田専務に7月1日に本社に呼ばれて、
 『KMCの赤字は止まると思うか?』と言われるので、
 『それはすぐ止まると思います』と答えたのである。
 山田さんは『それならお前が企画に戻ってやれ』と言われたのだが
 私がその時山田さんに言った条件は一つ、
 『髙橋鐵郎さんをKMCから企画室長で戻して欲しい』とお願いしたのである。
 どのような方向での事業展開をすべきかは策定できても、
   それを事業本部並びに全世界に指示するのは新人部長の私では荷が重すぎるのである。
★そんなことでその年の10月1日には、
 市場開発室以来の髙橋企画室長・古谷企画部長のコンビでスタートするのである。
 この危機的状況の対策は事業本部というより川重本社財務本部が主体だったこともあって、
 私が企画部長として対応する先は事業本部内よりはむしろ本社のほうで
 KMC再建委員長の山田専務や、
   本社財務担当の大西専務、財務本部長の堀川常務など、
   私が今までの業務の中で密接に繋がっていた方々で、大いに信頼されていたので、
 いろんな対応がスムースだったのである。
 私に与えられた課題は『海外販社の黒字化』で、
 本社にとって手の届かない海外販社の経営の健全化が第一課題だったのである。
 企画室内にに関連事業課を新設し、そこで一元的に世界の販社の統括を仕組んで、
 その結果半年後にはKMCをはじめ世界の全販売会社が黒字転換をしたのである。
★ KMCが こんなに簡単に黒字転換が出来たのは、
 本社が対策費として投入してくれた300億円の資金があったからで、
 その資金でKMCの増減資を行い、
 さらに在庫車の評価減を行い『中古車価格』に再評価したのである。
 300億円という財務対策はそれは強力で、経営における『資金の力』を思い知ったのである。
 たまたま83年度には Ninja900が投入されてよく売れたので、
 これで再建出来たと思っている方が多いのだが、
 確かに経営にいい影響は与えたが、300億円という資金の効果とは比較できないレベルだったのである。
 
 ただ、この川重本社の財務対策の話は表には出ないので、
 事業本部の殆どの方がご存じないのである。
★ 83年7月には大庭浩本部長となるのだが、
 その時期までには、海外販社の基本的な対策はほぼ完了していたのである。
     
 大庭さんはそれまでにも川重内の幾つもの事業本部の再建をされていて、
 社内では再建屋と言われていたのだが、
 それは事業本部の期間損益の黒字化である意味単純だったのだが、
 単車事業本部は世界に展開する販売会社を含めての
 結構複雑な対応が必要で、財務対策など事務屋の範疇も多かったものだから
 それらの対策は殆ど任して頂いて、
 そういう意味では『一番私の意見を聞いて頂いた上司』は大庭さんなのである。
 KMCの大赤字対策は経費削減など勿論やったのだが、
 当時4か所に事務所が分散していて非効率だったので、
 本社社屋を売却して、開拓中だった隣町のIrvineに土地を購入し
 新社屋を立てようという案を田崎さんと私で立案するのだが、
 大庭さんはこんな大きな話は大好きで賛成して頂いたのだが、
 本社内では『大赤字のKMCが新社屋か?』と反対意見もあったのだが、
 大西副社長が賛成して頂いてこの話は実現するのである。
 これはごく最近田崎さんに頂いた写真だが
 その土地を見に、アメリカまで出張された大西副社長との写真である。
 
★ 『自分の思う通りに動けて、目論んだことが全て実現した』という
  本当に運のいい現役生活だったし、
  この当時を含めて、川重本社の副社長・専務・常務など文字通り
  TOP の方と直接仕事を進めることが多かった不思議なサラリーマン生活だった。
 いろんなことで関係のあった方がそんな地位におられたということもあるし、
 この時期、密接に関係のあった大庭さん・髙橋さん・田崎さん
 この単車の最大の危機を乗り切ったということもあって、
 川崎重工業・社長・副社長への道を歩かれるのである。
  高橋さん、田崎さんはカワサキ単車創生期からの『生え抜き』だが、
 大庭さんは途中からだが、単車事業をこよなく愛されたお一人である。
   
 カワサキ単車事業最大の危機と言われたこの時期を
 この3人の方と一緒に仕事が出来て本当によかったと思っているのである。
 1983年から86年までの4年間、私は未だ50歳になったばかりの4年間だったのである。
 この時期を乗り切って、カワサキの単車事業は安定期に入るのだが、
 それにはこんな裏話があるので・・・
★ 前述したように、この時期私に課せられた本社からの課題は
 『世界の販売会社の健全化』だったのである。
 これは間違いなく達成できたのだが、
 川重内の各事業部ごとに『内部管理方式』があって、
 この事業部損益では350億円もの累損があって、
 それに約10%もの金利が掛かってくるのである。
 この累損が何とかならないかと思って本社財務に交渉してみたのである。
 『あなた方は今回、販売会社の黒字化を言われて、
 私は全販売会社の黒字化を達成した。
 然し従来からの累損が350億円もある。
 これは管理損益上の話だから、この際消してくれませんか。
 とダメもとで言ってみたのである。
 ところが、この話を本社は聞いてくれたのである。
 これは内部管理の話だから当時は造船がよくて、
 造船には600億円もの黒字があったのである。
 単車の累損が消えたということは、造船の黒字も消えたはずである。
 この赤字が消えたので、その後の『単車の事業本部経営』は文字通り安定したものになったのである。
 この話もご存じの方は極く僅かだが、
 ひょっとしたら、コレが私の一番の単車事業への貢献かも知れないのである。
 単車事業の350億円の累損が一瞬で消えてしまったのだから・・・
 そんな意味も含めて、当時の財務本部には本当に感謝なのである。
 単車事業再建は、川重本社財務本部でおやりになったとも言えるのである。
2021年10月20日

今回の選挙では 日本維新の会に投票する

投稿者 : rfuruya
★ 衆議院の選挙である。
  政治のことは、よく解らないことも多いが、
  私は『日本維新の会』に投票しようと思っている。
  その理由は大阪の状況を見ていて、
  日本の大都市の中から、いろんな面で『大阪が消滅』しかけた時期もあったが、
  橋下徹さんが出てきてから
    『維新の会』が大阪に現れてから
  大阪が豹変したから、
  今の日本もそうなって欲しいと思うのである。
  大阪に限らず関西は『維新の会』の影響は大きくなった。
  兵庫県知事さんも自民党系から維新系に変わった。
  このように明確に『目に見える政治』に期待したいのである。
  
『日本維新の会』は、このように主張している。
『我々は、身を切る改革を「大きな行政機構」から「小さく効果的・効率的な行政機構」へ変革することによって実現します。
古い政治を壊し、新しい政治を創る。そのために必要な行政改革には、行政の隅から隅まで熟知している役人の協力が不可欠です。政治家が安全な立場から「やれ︕」と命じるだけでは改革は進みません。
だから改革を主導する政治家がまず、自ら身を切って模範を示して、役人を納得させる。そして、意識改革に目覚めた役人が政治家とともに一丸となって行政改革を進める。この一連の流れが身を切る改革です。
維新の国会議員団は毎月の歳費の内18万円を党に寄付し、党から被災地に寄付をしています。既にその額は1億2,000万円にのぼります。範を示して国の行政改革に切り込んでいきます。議員定数削減や報酬削減ばかりが注目されますが、本当はそこから先に目指すべき改革があります。参議院の定数が6議席も増えました。維新はこの法案に反対しましたが、人口が減る中、政治家が自らの利益のために議席数を増やしたことは、行政機構に悪影響を与えます。政治のゆるみは、行政のゆるみに繋がります。
日本では少子高齢化が進みます。「大きな行政機構」のままで良いのでしょうか。中央政府が手取り足取り指導する中央集権型から、地方が創意工夫で切磋琢磨する地方分権型に変える、統治機構を大転換させる改革が豊かな日本の未来を築くために必要です。
大きな改革の第一歩として政治家が恵まれた身分を自ら切ることは、明治維新を実現した武士が、自ら恵まれた地位を捨てて四民平等の社会を作ったことと同じ理念です。
大きな改革は、身を切る改革から始まります。 』
 このような主張に私は納得なのである。
★兵庫県4区からは維新の候補者も出ているが、
 ほんとのところ『どんな方』かも解らないのだが、
 投票は『この維新の候補者』に投票することを決めている。
 中央に兎に角『維新の議員』を送りこむことが第一だと思っている。
 
 関西では維新の候補者も多いのだが、全国的にはまだまだである。
 野党だが『反自民』ではないところがいい。
 既にそのようにされた方が現実におられるが、
 自民党の方で『維新の政策に近い方』が維新に移って
 これで『2大政党』になるのが一番現実的に理想の形だと思う。
 今の『何でも反対の野党』『共産党とも連携』にはあまり興味が湧かないのだが・・・
 私はそのように決めているのだが、
  どんな結果になるのだろうか?
  
  
  

団体会員プロジェクト

  • World Good Riders Association
  • 燦々sunsun
  • 孫文を語る会
  • 二輪文化を伝える会
  • KAWASAKI Z1 FAN CLUB
  • シーズカンパニー「リモア友の会」
  • e-音楽@みき
  • ベストコレクター友の会
  • カワサキZの源流と軌跡 - 三樹書房

団体会員リンク

  • ボランタリー活動プラザみき
  • e-音楽@みき
  • 緑が丘子ども会
  • グリーンピア三木
  • 神戸市立フルーツ・フラワーパーク
  • ホシノインパル
  • 船場
  • SEAZ COMPANY
  • カワサキマイスター
  • JSP明石
  • インターナショナルトレーディングムラシマ
  • スポーツイン
  • 忍者
  • 紙の単車屋
  • ハルタ
  • YRS 山本レーシングサービス
  • 株式会社 武雄タクシー
  • 月木レーシング
  • ノヴァエネルギー
  • インナー通販.com
  • ライオン屋本店
  • 三木さんさんまつり
  • 三木セブンハンドレッド倶楽部
  • ベストコレクター
  • エクステリア風雅舎
  • cafe' かのん
  • 【光削】AIネットワーク
  • 三木アネックスパーク
  • バイクショップTODA
  • TRカンパニー
  • バニービーチ
  • モトビークル-松島企画
  • オレンジワークス
  • 吉野歯科診療所
  • SUZUKI design - DENICO
  • 山本医院
  • 仔猿-CKデザイン
  • スクーテックジャパン株式会社
  • 株式会社北海製作所
  • リアライゼイション
  • 兵庫メグロ販売株式会社
  • 伽耶院
  • 株式会社キッズ
  • はっぴいえんどプロジェクト
  • 有限会社橋本漆芸
  • TONE BLUE
  • プロショップKIYO
  • ホーリーエクイップ
  • 株式会社零カスタム
  • フォレスト・ホームズ
  • いとうともひさ
  • DANTHREE
  • 放射能ウオッチャー
  • メディアゼロ:カスタムインフェクション
  • Miyako Hybrid Hotel
  • 有限会社 小金井美装
  • WITH ME PROFESSIONAL RACING
  • 孫文を語る会
  • SSS進学教室 緑が丘教室
  • MJP株式会社
  • モトショップシロタ
  • SR400 500 SNS
  • 池田うららプロジェクト
  • 公共の交通ラクダ(RACDA)
  • 二輪文化を伝える会
  • NPO法人発達障害をもつ大人の会
  • 菊水鮓西店
  • きっとウマくいく輪
  • O's Organizational Synergy
  • 72.姫路カワサキ
  • 73.菊澤デザイン事務所
  • カワサキZの源流と軌跡 - 三樹書房
  • ヤマダホーム有限会社
  • うはら特許事務所
  • テラモーターズ
  • AT HOUSE, Inc
  • World Good Riders Association
  • LIME GREEN FAN CLUB
  • 株式会社モリワキエンジニアリング
  • 燦々
  • キッズサポートクラブ
  • 仮面舞踏会
  • 山百合サポートセンター
  • KSSR 神戸スーパースポーツレーシング
  • 神姫興業株式会社
  • 浅間 RIDERS CLUB
  • 弦 Gen Hair Works

リンクはご自由にどうぞ。このリンクバナーをご利用下さい。
ザ グッドタイムス