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2018年11月11日

レース仲間たち

投稿者 : rfuruya

 

★現役時代、カワサキで二輪の仕事をさせて頂いたのは誠にラッキーであった。

川崎重工業の中でも、二輪事業だけは飛びぬけてオモシロい。

それは受注産業ではなくて民需であり、それも末端のユーザーを相手にする量産事業であり、同じ量産事業でもテレビや洗濯機と違って、ユーザーがそれに乗って世の中を走り回っているのである。だから販売したユーザーと接触できるし、4輪と違って遊びが中心だから、お客さんの層がオモシロいのである

特にカワサキの場合は、お客さんともバイクを売ってくれる販売店とも『仲間意識』が極端に強かったので、独特のカワサキイメージが出来上がっているのである。

そんな二輪業界の中でも、レースの世界と若い頃から関係があって繋がったのは私にとって誠に好運だったのである。

50年も前の若い頃のレース仲間はそんなに大したこともない単なるライダーだったのに、みんなそれぞれ立派になって、日本を代表する、もっと言えば世界でも名の通ったライダーに成長したのだが、例えば星野一義でも、金谷秀夫でも昔の20歳の頃と同じように付き合えたし、その先輩格の山本隆さんなどとは、レース以外でもいろいろ関係があったりするのでホントにオモシロいのである。

そんなレースの世界で、私と同い年の平井稔男さんは、また別格のユニークさで、85歳の今でも『平井道場』と称してFacebook でもこんな記事を連続してアップしているのである。

https://www.facebook.com/groups/110654005951435/?tn-str=*F

 

 

いま、平井さんが連載で書こうとしているのは、11月9日付で発刊された二輪車新聞にこのように紹介されている、

カワサキモトクロスOB有志の会』のことなのである。

この記事を書かれた二輪車新聞の衛藤誠さんもある意味『カワサキ仲間』で今も尚現役記者だが、カワサキのレース緒戦『青野が原モトクロス』の頃も若き二輪車新聞記者さんだったのである。

 

私はアメリカに行っていて出席できなかったが、カワサキのレースのスタート時期は、この記事にも出ている大槻幸雄さんなどと共にレースに関わっていたし、世界の金谷と言われた金谷秀夫が初めて鈴鹿を走ったのは大槻幸雄さんがカワサキで初めてレース監督をされた『鈴鹿6時間アマチュア耐久レース』なのである。世界の金谷もその時はアマチュアだったのである。

 

そんなことで、衛藤さんとも平井さんとも私は今でも密接に繋がっていて、アメリカから戻ってきたら早速、お二人から電話を頂いたりしたのである。

特に平井さんは『平井道場便り』の続編を書くので、私に当時の写真を送れと仰るので、昨日こんな写真を送っているのである。

 

 

右から3番目が山本隆、左側4人は未だ未契約の若手だが、その4人目が星野一義なのである。

 

  

 

本田宗一郎さんと一緒に写っているのは、兵庫メグロの西海社長、私も平井さんもお世話になった。カワサキのレースを実質始めたのは西海社長、ご本人は元オートレースのプロ選手なのである。西海さんがいなかったらカワサキのレースもまた違った形になっていたのは間違いない。 この青野ヶ原のレースの仕掛け人でもある。

 

 

これはカワサキのレース25周年記念の会合を私が主宰したのだが、その時集まってくれたOBライダーと当時の現役ライダーたちである。みんな有名ライダーだけど、何人くらいお解りですか?

詳しくはまた、平井さんが書かれると思うのでこのくらいで。

2018年11月7日

みかんとメダカ

投稿者 : rfuruya

★1ヶ月半、アメリカで自由に遊んできたのだが、娘がこのようにFacebook にアップして、私はそれをツイッターでツイートした。

 

今朝5時に羽田に着いて、昼前にはもう三木の自宅の戻っていた。

昨夜はLAXの空港で、娘夫婦に見送って貰って、いま三木でもうブログを書いているのはホントに不思議な気持ちになっている。

1時間ほど自分のパソコンの前に座っていろいろやっていると、ずっと三木にいたような気もするのである。

今回のアメリカは、いろいろ想うところもいっぱいあった。それはそれでまた纏める機会を持ちたいとは思うのだが、

今朝戻って一番先にやったのは今回の1ヶ月半に撮った写真や動画の詰まっているカードの中身をこちらのパソコンに入れることだった。写真と動画で700枚を超す内容になっていて、カードの容量が持つかなというのが心配の種だったのだが、私のカードは32GBもあるので何とか持ってくれたのである。

まずはこちらのパソコンにデーターが入ったので、そのあとすぐ『カードの初期化』をして撮ったのがこのみかんの写真2枚なのである。

 

 

小さな木に既に何個かのみかんが成っていた鉢物を買ってきて、庭に直接植えたのだが、以来1回も実をつけることなしに、ホントに何年過ぎたのだろうか?

それが今年は春にいっぱいの花が咲いて、実もできて大きくなり、アメリカに行く前は未だ青かったのだが、戻ってくるころには黄色くなってるかな? と思っていたので、アメリカから戻って一番気になったのはこの『みかん』なのである。

見事に黄色くなって一個だけちぎって食べてみたら、なかなか甘くて美味しかった。

その横に植えたのはこれは園芸店で買った多分『ゆず』だと思う。これは数個しかないが、切ってみたら『すっぱい』から柚子だと思うのだが、これも今年初めて数個の実をつけたのである。

 

 

★それとこの夏に生まれた100匹ほどの『メダカの仔』 その殆どを池に放し、残り10匹ほどを産まれた鉢のままにして1ヶ月半放置していて『どうなったかな?』とこれも気にはなっていたのである。

大丈夫、元気に生きていた。

みかん と メダカ』 何だそんなことをと思われるかも知れぬが、アメリカにいても一番気になっていたことだし、それが大丈夫だったので、今回のアメリカ滞在 も文句なしによかったと言えるのである。

 

水やりも手入れも出来なかった『秋バラ』は散々で、普通世の中の家で咲いているそんな程度にしかならなかったのである。植物特にバラや植木は手入れを怠るとちゃんとは育たない。

1ヶ月半も何もせずに放置してるのだがら、この結果は仕方がないのかな。

まあ、それでも何となく『得るところ』いっぱいだった『アメリカ滞在』だった。

会社からの出張』でもなく『旅行会社企画の海外旅行』でもない『のんびりと好き勝手なことばかり』であった『海外滞在』は、ホントに良かったなと思っているのである。

何よりも『何歳になっても脳は進化する』ことが解ったのはよかったし、『何歳になっても新しい体験や、新しい進歩』みたいなものが実感されるのは、『その環境がいい』からだと思っているのだが、そんな環境を『自然に作ってくれた娘婿』に感謝なのである。

 

日本に戻ってきての1日目の感想である。

さて、日本ではどんな生活が始まるのだろうか?

 

2018年9月23日

アメリカ行き

投稿者 : rfuruya

アメリカ行き

2018-09-23 05:42:50 | 日常生活、園芸、バラ

★まだまだ先の話だと思っていたのに、今朝からいよいよアメリカ行きである。

普通の旅行者と違って、空港に行って航空券を貰うまで、乗れるか乗れないかも解らないのだが、どうやら空席はありそうである。

羽田―ロスは大丈夫のようだが、最近は伊丹ー羽田が結構混むようなので、時間的には余裕を持って家を出ることにした。

朝、11時にタクシーを呼んでいる。伊丹空港には12時には着くのだが、1時から5時までの便で空席のある便で行こうと思っている。

 

伊丹空港は新装なって綺麗になった。

 

 

羽田では、ANAに勤めている息子と6時の約束だから、5時までのフライトに乗ればいいのである。

時間は結構あるので、伊丹に行ってから乗るフライトを決めたいと思っている。

羽田は国際空港のほうだから、バスで移動しなければならない。

 

羽田国際空港のほうは、結構な規模である。

 

 

夜遅い便だから、そこで息子と一緒に食事をすることになるだろう。

綺麗な店はいっぱいだが、三木の田舎とは違って値段も国際級である。

 

 

羽田を日曜日の夜遅く出ると、ロスには『同じ日曜日の夕方5時着』である。

空港には娘が迎えに来てくれている。

こちらの日時で言うと、月曜日の朝9時ごろなのである。

羽田や、ロスでの息子や娘との打ち合わせも、Line やFacebook で簡単にできる世の中だから、世界は狭くなったと言っていい。

 

 

ロスに着いてしまえば、滞在期間は雨などの心配は一切必要ない。

来る日も。来る日も青空である。

孫の大学最後のシーズンのサッカー』を観るのが主目的だが、『大谷翔平』も観てみたいなと思っている。

それこそ「雨で中止」などの心配はないから、多分間違いなく観れるだろう。

 

★今回は、初めて10月末の『本場のハロウイン』を経験して、11月初めまでの滞在だが、食い過ぎて、且つトレーニングがおろそかになって体がなまってしまわないように気を付けたい。

末弟の孫のサッカー練習が週に4日ほどあるので、それに付き合って体を動かしたいと思っているのである。

 

 

2018年9月22日

カワサキの部品が来なかった時代

投稿者 : rfuruya

カワサキの部品が来なかった時代

2018-09-22 06:43:29 | カワサキ単車の昔話

★つい先日、『男・カワサキ』についての感想をアップしたら、FBで沢山のコメントを頂いたのだが、カワサキの昔話として『カワサキの部品は来なかった』という話が幾つかあった。

『武骨なW1が男のイメージかと思います、それと、ぶっ飛んでいたマッハⅢ、この2モデルは強烈な個性を持っていました。
70年代初頭、私の郷里の千葉県東部では、部品が来ないのは通説でした。販売店も、部品がなかなか来ないですよと、ことわりを入れて販売していました。 Z2、レインボーのSSの頃には、大分、改善されましたが・・・』
『80年代初めくらいまでは部品が入りにくかったというところもあります。カワサキに乗る=覚悟がいるという風潮がありました。』

 その通りなのである。

 私自身は非常に悪かったカワサキの部品補給について、その改善対策システムを創った張本人なので当時のカワサキの部品補給がなぜ悪かったのか・それをどのように対策したのか・コメントにあるようにZ2以降は非常に改善された筈なのである。

 

なぜカワサキの部品補給はそんなに悪かったのか

 ● ホンダ・スズキ・ヤマハに比して、当時のカワサキの50ccなど比較できないほどの少量販売だった。

 ● それなのに販売店の数だけは、委託販売で結構な店数を持っていたし、各地の営業所の数も他社と同じように展開していた。

 ● そんな営業所が部品補給が悪いので、みんな部品在庫を持ちたがるのである

 ● 10万台以上を売る他社のモペットに比べて、数千台のカワサキの50ccだから、メーカーはそれに見合う部品しか持っていないのに、営業所が部品在庫してしまうものだから、日本のどこかに部品はあるのだが千葉県にはないという状況になってしまうのである

 ● 部品をちゃんと補給できるようにするとしたら、生産台数と同じくらいの部品在庫を持たないとちゃんとした供給にならないのである。

 ●この辺りのことが、当時のカワサキの二輪事業担当は素人ばかりだから、末端の状況など全く解っていなかったのである。

 

★そんな時代、昭和45年(1970)大阪万博の年に私は第1線の大阪営業所長になったのである。

 ●はじめての経験だったのだが、すぐ部品の問題に直面した。浜寺モータースのおやじさんにこっぴどく怒られたのである。

 ●車の修理をする時に仮に10点の部品が必要で営業所に注文すると5点はすぐ来る。然し残りの3点は半月も掛かる。さらに残りの2点はいつまで経っても来ない。修理は10点揃わぬと完成しない。完成していないのに最初の5点の部品の請求書だけはすぐ来る

 ●お客には修理が完成しないとお金などもらえないのだ。そんな部品の請求書の金など払えると思っているのか。

 というのである。確かに仰る通りなのである

 

★ その対策をいろいろ私なりに考えた。

● これは営業所が部品倉庫を持っているからダメなのだ。営業所で幾ら在庫を増やしたとしても、10点が揃うように持つことは不可能に近い。

●営業所の部品庫を無くして、明石の本部に部品庫を持ち出先は一切部品を持たないようにして、注文があったら、そのまま明石に連絡してそこから送って貰えば、仮に何日か掛かっても現状よりは改善されるはずである

● こういう仮説を立てて、『大阪営業所の部品倉庫を廃止し、明石に集中して部品を持つようなシステム』をスタートさせるのに約半年かかったが、明石サイドでは当時の苧野専務が私の案に乗って下さってすぐ動いて頂けたのである

●1978年Z2が発売される3年後には明石に部品倉庫もできて、第1線で部品を持たない営業所の注文に対しては、すべて明石から発送するシステムが動き出したのである。

● 今の宅急便のシステムがスタートしたのが1976年頃からで、この新しい『宅急便システム』に乗せたのでカワサキの部品は全国どこにでも2日後には配送されるそんな状態になったのである

 

★この部品配送システムは、カワサキが一番早かったはずである

 1978年には全国に先駆けて近畿と名古屋で中大型車を売る『特約店制度』を立ち上げ販売店の数を絞り各営業所の部品在庫はゼロにして特約店からの部品注文は明石に繋ぎ、明石の部品倉庫から『宅急便システム』を使って発送するそんな新しい体制になったのである。

 そんなこともあって、カワサキの宅急便の価格は、ホントに宅急便システムがスタートした時期からのおつき合いだったので、今はどうか解らぬが、ある時期までは他がびっくりするほどの『低価格』だったのである。

 この部品システムは、こんな大阪の浜寺モータースのおやじさんに怒られたのが契機なのだが、その親父さんとはあの有名なレースライダー・徳野政樹・徳野博人の兄弟のおやじさんなのである。

当時はもう一人3兄弟がレースをしていて、未だファクトリライダーなどにはなるずっと前のことなのだが、『徳野3兄弟』はおやじさんの自慢の種だったのである。

あの時徳野のおやじさんが、あんなにこっぴどく私に怒らなかったら、カワサキの部品配送システムはできていないかも知れない。

カワサキの部品補給は悪い』という伝説は延々と続いていたかも知れないのである。

 

★ この部品発送システムは、当時川崎が展開した『特約店制度』の実施地区営業所で順次展開していったので、1980年前半、特約店制度が全国展開されるころには、全国展開で完成したのである

明石サイドも部品発送部門は、その後独立した部品会社になって、カワサキの部品は全国どこでも注文から2日後には届くシステムが完成したのである。

このシステム展開は『私自身の発想』で、当時のカワサキ本社を動かして展開していったプロジェクトなので、結構ちゃんと解っているのである。

 『カワサキの部品供給が悪かった』というのも今ではホントに昔話なのである。

 

2018年9月20日

『男カワサキ』今は昔、

投稿者 : rfuruya

 

  ★『男カワサキ今は昔』というこんな記事が出ていた。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180919-00010001-newswitch-ind

 

 

「男カワサキ」今は昔、川重が狙う新たなライダー

SNSなど使い女性や若者を開拓  川崎重工業はITを活用した2輪車の顧客開拓に乗り出す。商品カタログ請求などで同社ホームページに登録した顧客データを分析し、興味に合致した情報をメールマガジンで提供する。会員制交流サイト(SNS)でもイベントやレースの情報を適時発信するなど、新たな顧客として若者や女性らの購買意欲の向上につなげる。

 『男カワサキ』とは一体『いつ・誰が・どこで言いだしたのだろう?』とは、実はずっと思っていたことである。

私は、カワサキの二輪事業のスタートから関係があったし、最初の担当は広告宣伝課だったので『カワサキの広報』については関心もあったのだが、少なくともカワサキ自らが『男カワサキ』など言ったことは一度もなかったのである。

こんな記事が出たので、『男カワサキとはいつ誰がどこで言いだしたのか?』とGoogle先生に聞いてみたら、同じことを思う人もいて、『君はバイクに乗るだろう』というこんな記事に出会ったのである。

   https://youwbike.exblog.jp/12575810/

     

 なかなかちゃんと書かれているので、その中からの抜粋である。

男・カワサキ」「硬派カワサキ」とカワサキを形容する言葉は、良く言えば男性を強く意識させるものですが、悪くいうと不良をイメージさせます。カワサキのバイクはRS750(通称ZⅡ)以降、暴走族の人気が高く、1979年公開のマッドマックスにより、そのイメージがさらに強くなりました。またカワサキはスクーターブームの際にもスクーターは作らず、客に媚びないというイメージがより一層濃くなったようです。・・・・

確かに1980年代、Z2が出た時代は、ようやく日本にも中大型バイクブームが到来するのだが、同時に『暴走族』も最も華やかだった時代なのである。

その『暴走族=カワサキ』と言っていいほど、カワサキのマッハやZは暴走族に人気だったのである。そしてその時代にカワサキは50ccモペットの生産を中止して、国内4社の中で唯一『中大型スポーツバイク』に専念するメーカーとなったのである。

当時私は業界の会合にもよく出ていたのだが、各社さんから『暴走族対策はカワサキさんですよね』とよく言われたものなのだが、これはその実績からも明らかなのである

 

1980年代・・・大バイクブームへと発展。・・・・このバイクブームは初心者ライダーや女性ライダーの急激な増加現象を生み、「バイク=硬派な男の乗り物」という図式が一気に崩壊します。・・・・ 他の3メーカーがWGPに参戦し、サーキットテクノロジーをフィードバックし、軽量化にやっきになっていたその中で、カワサキには鉄フレーム、空冷エンジンを頑なに守り続けたイメージが強く(実際は1983年に水冷のニンジャを出しているが、あくまでイメージとして)さらに当時原付を生産せず、大排気量メーカーイメージのカワサキが硬派の筆頭格としてフューチャーされ始めるわけです。

さらに「男カワサキ」を強く後押しする出来事が発生します。
1980年代中盤といえば、それまではマニアの聖域であったZ2が、楠みちはる先生のマンガ『あいつとララバイ』や、・・・「ミスター・バイクBG」などの影響でブームになり始めた頃でもあり、「Z2=硬派=男=カワサキ」のイメージが強烈鮮烈に明確になったのです

「男カワサキ」の起源は、このあたりにあると思われます。
で、バイク誌をざっと調べてみたんですが「男カワサキ」ってフレーズ、意外と出てこないんです
でも時間もないので・・・・一部では有名な某誌編集部員AJさんにダメ元で尋ねました。
そ〜んなのオレにき〜まってるでし〜ょ」というわけで、と、いうことに決定します。
念のため・・・フリーライターのABさんにも聞いてみました。 「男カワサキFXというタイトルはオレが作った」

以上、信じるか信じないかは貴方の自由ですが、やたらと長いだけでたいしてためにならない推測、最後までご精読ありがとうございました。

なるほどと思った。

男カワサキFX』はなかなかの説得力である。

Z2も、マッハも、人気はあったが、そんなに多くの台数が売れたわけではない。

その点、FXはカワサキ始まって以来のヒット商品で無茶苦茶売れて、それまで国内販社の累損が10億近くもあったのに、このFXの大ヒットで2年で消えてしまったほどの『ヒット商品』だったのである。

イメージとしても『男カワサキFX』と何となく呼ぶにふさわしい外観だったかも知れない。

 

たまたまだが、Z2の時代も、FX400の時代も私は国内担当だったのだが、

90年代に3度目の国内担当をした時の主力機種はZEPHYRだったし、熱烈な『男カワサキ』などに拘っていてはとても目標の7万台など売れないと、当時立ち上げたユーザークラブKAZEのネーミングは、Kawasaki Amuzing Zone for Everybody の頭文字で、30年前に『男カワサキ』から『for Everybody』へと『楽しい遊びの世界』へのイメージチェンジを図ろうとしたのである。

たまたま今年は『KAZE30周年』だが、是非このネット時代により徹底したITを駆使した展開を望みたいものだと思っていて、もし本気でやるなら、みんなが『あっと驚くような展開』をして欲しいなと思っているのである。

2018年9月19日

北朝鮮の変貌

投稿者 : rfuruya

 

★ 韓国の文在寅大統領は18日午前10時前、専用機で平壌国際空港に到着した。出迎えた金正恩委員長と抱擁し、握手を交わした。「完全な非核化」を繰り返し表明している正恩氏から、具体的な措置を引き出せるかが焦点となる。

3回目の南北首脳会談、日程・焦点は? 非核化どうなる。

などと新聞は何か客観的に伝えているが、この1年の北朝鮮の変貌は、大変な変わりようなのである

 

 

昨年の今頃は未だ、北朝鮮は核実験の成功を大々的に伝えていた時期なのである。

北朝鮮の核実験は、2017年9月3日、北朝鮮の国営テレビは「大陸間弾道ミサイル搭載のため、水爆実験に完全成功した」と発表し、それは北朝鮮による過去最大規模の核実験だったのである。

実際にはたった1年で、これだけの『変化』を見せているのだが、何となく『トランプ嫌いのマスコミ』は斜めから見るスタンスで、『北朝鮮の非核化』が何か進んでいないような印象を与えるような記事の書き方だが、現実は1年前には『誰もが予想しなかったようなスピード』で変化が起こっているのである。

 

 

それまでのアメリカ歴代大統領の対応がお粗末で『北朝鮮問題』は長い年月の中で『』を持つまでになってしまったのである。

それがトランプ大統領の『無鉄砲』とも思える対応に、北朝鮮の金正恩委員長が応じて、韓国との会談は今回が3回目になろうとしているのである。

先日行われた北朝鮮でのパレードには弾道ミサイルの姿はなかったのである。

1年という年月は、『やる人がやれば』偉大な結果が得られるという証明にもなった。

これはアメリカも北朝鮮も『トップの判断』が素晴らしかったのだと思う。

世の中の『大きな成果』は何事も『TOP ダウン』でなければ『ボトムアップ』では不可能なのである。

大きな決断ができない人はTop になってはいけないのだと思うのだが、世の中には決断のできないTopが如何に多いことか。

そういう意味で私はトランプさんはちょっと変わってはいるが偉大な大統領で、実業の世界で培った実力が今発揮されているのだと思っている。この問題具体的に動き出したのはこの春のことで実質半年というスピードでここまで来た。北朝鮮の非核化は素晴らしいスピードで前進していると観るべきではなかろうか。

1年前日本の上空を弾道ミサイルが飛んでいた時の『恐怖』がなくなったこと、そんな現実の変化をマスコミは忘れてしまったのだろうか?

今からの1年はどんな1年になるのだろう?

トランプー金会談』も2回目が開催されると思うし、『安倍ー金会談』も多分間違いなく実現するのだろう。

世界が平和になることは何よりもいいことだと思っている。

今回の韓国と北朝鮮の会談が成功裏に終わることを期待しているのである。

2018年9月18日

敬老の日に

投稿者 : rfuruya

 

★今日は祝日で『何の日かな?』と思っていたら『敬老の日』だそうである。

我が家は85歳と81歳の夫婦二人だが、間違いなく二人とも当てはまるのだが、二人とも『今日が敬老の日』だとは思っていなかったようである。

 

 

少なくとも、こんなイメージの老夫婦ではなくて、結構元気なのである。

 

今日は私は朝からジムに行って、筋力トレーニングをして、60メートルダッシュを10本ほどした後、プールで泳いできた

 

午後4時からは、燦々の事務所で殿界寿子事務局長と一緒に、『初めてお会いする3人の方』と約2時間『楽しくいい時間が過ごせた』のである。

初対面の方でも、若い方でもすぐ気安く仲良くなれるのは『私の特技』と言っていい。

今日、お会いした中の『一番若い方』からこんなメッセージを頂いて、Facebookのトモダチ申請を頂いたのである。

『今日は同席させて頂き、ありがとうごさいました。遅れて入ったのに、気さくに受け入れて下さったことで、安心してあの場に馴染むことが出来ました。今日古谷さんがお話してくださった内容は・・・これまでに無かった考え方と取り組み方でしたので、とても刺激を頂きました。 『疑わないこと』『面白がること』『惜しみなく発信し、受け取ること』を心から楽しんでおられる古谷さんの表情を見ながらお話を聞きながら何だかワクワクしました。 あそびを道具として活かしながら『人の心を動かすこと』を何よりも大切にしていますので、まさに古谷さんのお話は頷くことばかりでした。 ・・・・・今後、どういった形で繋がっていただけるかはまだわかりませんが、個人としてはこのご縁を大切にしたいと考えます。 一方的ではございますが、友達申請もさせていただきました。どうぞ宜しくお願い致します。 』

人との繋がりは、私の場合ホントにふとしたことから、スタートするのである。今日の出会いも、ホントにひょんなことから、こんなことになったのである。これからどのように動くのかは『ご縁次第』なのである。

たまたま、敬老の日だったのだが、85歳にしてひょっとしたら『新しいこと』がスタートするかも知れないのである。まだまだ『夢見る』ことが出来るそんな人たちに巡り合えることができる人生は幸せだなと思っている。

 

来週からは、今年もアメリカの娘一家のところにちょっと遊びに行こうかと思っている。

ひょっとしたら『生の大谷翔平』を観れるかも知れない。

いろいろと楽しみのあるちょっと、『差別化された老後の人生』を歩んでいる私なのである。

2018年9月15日

人生の中で出会う人たち

投稿者 : rfuruya

 

★人生85年を生きてきて、今までにもいろんな人と出会った。

私自身は、結構どなたとでも話もできるし、初めてお会いする方ともすぐ親しくお話などすることができる性格である。

人生で何人ぐらいの方と接点があるのだろうと調べていたら、下の数字はネットのあちこちに出てくるのである。

 

 

コレで見る限り、『親しく会話を持つ人 300人』とある。

なるほどと、思った。

私自身が『仲間として定義』している『お互い共通の想い出を持つ人たち』を書きだしたことがあるのだが、親兄弟、既に亡くなった人を入れても150人にはなかなかならないのである。

共通の想い出は無くても、『親しく話せる人』なら確かに300人ぐらいにはなるのかも知れない。

その150人の仲間と呼べる人の内、会社を卒業する70歳ぐらいまでに出会った人が120人ぐらいにしかならないのである。

退職後も結構、いろんなことをやったので、退職後に出来た『仲間』と呼べる人たちも20人くらいはいるのである。

 

★ちょっと違う観点から、私はFacebook もやっていて、トモダチ申請も結構おおらかに受け入れるので、今現在のトモダチ数は『768人』いるのだが、この768人のうち、現役時代から知ってた人は、幾ら数えてみても80人ぐらいで100人には達しないのである。

沢山の方といろんな形でお会いするのだが、ホントの意味で親しくなれて、何か一緒に物事をやったりして『共通の想い出』を持つまでになるのは、『そんなご縁』みたいなものも必要なのかなと思ったりしている。

 

なぜ、突然こんなことを書いているのかというと、今月になってから20日までに『新しく初めてお会いする方』が3人になりそうなのである。

そのうちのお一人は『バイク寺本瀧寺の執事長 野間秀顕』さんで既に今月2回お会いしているのである。NPO The Good Times 関連だから、ひょっとしたらご縁があって、新しい仲間になる可能性を秘めていると思っているのである。

同じようなことは続くもので、17日には三木で新しくNPOを立ち上げて活動をなさろうとしている

子育て交流の広場 ほっぺ』 https://kosodatehoppe.jimdo.com/  のお二人にお会いすることになっているのである。

私の定年後は、ネットがベースだし、そのネットをベースにしたNPO The Good Times 関連で出会った人たちが『仲間』ということができる人たちなのである。

 

NPO The Good Times の基本コンセプトは、

異種・異質・異地域をみんな繋いで いい時を過ごそう』 ということで

 

 

それは Kawasaki . Let the good times roll !  

カワサキに出会う人たちが、みんなハッピーになるような活動を、カワサキは展開し続けます』という

カワサキのコンセプトを、さらに広げて受け継いでいるのである。

そういう意味では、私自身の人生の『基本コンセプト』なのかも知れない。

私がお会いする方が、グッドタイムを持てるような、そんな動き方をしたいなと思っているのである。

 

今月、初めてお会いする3人の方とも、若し『ご縁』があれば、『仲間』なれたらいいなと思っているのである。

 

2018年9月14日

甲子園にラッキーゾーン復活 ??

投稿者 : rfuruya

 

 ★Yahoo の意識調査に甲子園に『ラッキーゾーン復活プランの是非』というのがあった。

 

 

結果は圧倒的にNOが多いが、かっての阪神の掛布選手のように賛成する人もいるようだ。

既に福岡のソフトバンクの球場は2015年に小さくしたようだ。

 

 

 

ロッテは既に球場の縮小化を決めたようである。

『ロッテは、今オフにZOZOマリンスタジアムの改修を行うと発表した。2019年シーズンから既存の外野フェンス前に新シート3種、計746席を設置する。既存の外野フェンスより最大4メートル前に出す。球団は「ファン第一」の目線から外野席の最前列にある金網フェンスも現在の約2・3メートルから約1・1メートルまで低くし、観戦環境を改善することも決めた』などとあって、『流れ』なのかも知れない。

 

★ずっと昔、私たちが野球をやっていた時代は、甲子園球場はラッキーゾーンがあったし、兵庫県の高校野球の予選は甲子園だったし、近畿6大学のリーグ戦は甲子園球場だったので、私たちの年代は、甲子園はそんなに特別な球場ではなかったし、むしろ「一番沢山試合をした球場』は「甲子園球場」だったりしたのである。

そんな甲子園のラッキーゾーンがいつまであったのか?調べてみたら、『この甲子園のラッキーゾーンは形を変えながら1991年シーズンまで存続した』という記録があるので、20年前までは「ラッキーゾーン」はあったのである。

 

甲子園球場は『ホームランが出にくい球場』として、知られているが、それは左中間・右中間のふくらみが大きくて、東京ドームに比べると、8メートルも遠いのである。

図に表すとこんな形で、これは東京ドームとは全然違うなということがよく解るのである。

  むしろ『ポール際』までは5メートルも短いのだが、そんなにポールぎりぎりのホームランも少ないので、やはり左中間・右中間が広いとホームランは出にくいということになるのだろう。

 こんな風に見てくると、ラッキーゾーンもいいかなとは思うのだが、この辺りをよく説明する必要があるのだろう。

 ★それは兎も角、昨夜は松坂大輔の12年ぶりの甲子園のマウンド、好投でよかったです。

 昨日の阪神選手の打球も、若しラッキーゾーンがあったら、『ホームラン』という打球もあったなと思いながら見ていました。

 

2018年9月13日

今年3回目のZ1会 ゴルフコンペ

投稿者 : rfuruya

 

★昨日は今年3回目のZ1会のゴルフコンペだった。

最近は私のゴルフの回数も激減して、今年3回目のゴルフだったのである。

昨日のパートナーは、かってのカワサキファクトリーライダー塚本昭一くん

 

カワ販時代からの僚友、ゴルフよりはこんな写真のほうが似合うのではと思う 柏原久くん(右)。

 

 

これはごく最近Facebook に乗った写真だが、カワ販の のんべー4人である。

私は『かっしゃん』とはゴルフは初めてだったのだが、思いのほか上手いのでビックリした。飲むばかりではないのである。

 

それにZ1会の永久幹事の仲和俊さん、これは渡部達ちゃんが提供した『今年の新米』が大槻幸雄さんに当たったのだが、大槻さんが幹事の仲さんに譲られたので、満面笑みのこぼれる仲さんなのである。

 

 

私はこんな最高のパートナーに恵まれて、大たたきもしたがパーも結構取れて、今年3回目のゴルフとしては100が切れて、最高に楽しいゴルフだったのである。

 

今回のZ1会。 1分ちょっとの動画に纏めてあるので、ご関心のある方はご覧ください。

 http://www.nicovideo.jp/watch/sm33844863

 

 

★その動画の中からの写真である。

 

スタート前の恒例の始球式。

 

 

 

こちらは前回のコンペで『ホールインワン』達成の大西隆夫さんに会から記念の楯が贈られた。

 

 

今回の優勝者の丹波晨一さん、優勝スピーチでは自然に笑みがこぼれている。

 

大槻幸雄さん、今回は短いスピーチだったが、この会はやはり大槻さんで持っている。

既に88歳・米寿を迎えられて益々元気な大槻さんである。

 

 

今回も忙しい中、参加してくれたここでは『純ちゃん』で通っている 吉田純一さん

みんなカワ販出身で、渡部達也くんが定期採用・第1期生、 柏原久、吉田純一くんが 第2期生なのである。

 

 

今回もいつもの通りの楽しいゴルフだった。

次回は11月、多分次回も参加することになるだろう。

次回は 登山道夫さんも間違いなく参加されるはずである。

 

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