The Good Timesは「みんな繋いで楽しくいいときを過ごそう」「異種、異質、異地域の人々を繋いでいくトータルシステム造りを目指す」そんなNPO法人です。

いろんな方の繋がりを期待しています。

ツイッター
The Good Times 公式アカウント
「rfuruya1」フォロワー数約20万人!
(2011.12現在)
● 個人会員さんのツイート(リスト)
ブログリンク集
会員さんたちの異種・異質・多彩なブログです。更新順に掲載されます。
掲載希望の会員の方は、こちらのフォームから登録申請してください。
タンブラー
会員さんのブログをピックアップしてご紹介
facebook
The Good Times のfacebookページ
グッドタイムス新聞
NPO The Good Times 新聞 (毎朝4時更新)
 

ブログ

2017年2月4日

Kawasaki と NPO The Good Times

投稿者 : rfuruya

関西国際大学経営学科長松本茂樹先生からFacebook のメッセージで、こんな講義の依頼がありました。
『2月4日の午前中に私のゼミ生1年生に講義をお願いできませんでしょうか。昨年よりも増えて51名になりました。地域活性化に興味のある学生が多いことに驚きます。1部で川崎重工でのお話。2部でThe Good Timesのお話でお願いします。持ち時間60分の中で、2つのテーマでお願いします。古谷さんをわれわれの目指す将来像と考えています。』
約1時間お話をさせて頂くのだが、今回はテーマが二つ明示されているので、ざっとこんな話をさせて頂こうと思っている。
Kawasaki とNPO The Good Times 』というテーマは、私の人生の『生き方』がテーマだと言ってもいい。
その骨幹を貫いているものは『差別化』である。
カワサキの二輪という事業』も『NPO The Good Times』も、まさに『差別化の産物』だし、ネットワーク』・『仕組みの創造』などのマーケッテングの基本活動と『ブランドイメージの高質化』に取り組んできたのである。
そんな『マーケッテングの本質とその具体的な展開』『実社会での目指す目標』など私の発想と生き方そのものを、幾らかでもご理解頂ければと思っている。
教室では、別に何も用意していないので、『ぶっつけ本番』の話になるのだが、そんな骨子を纏めてみた。
★ まず、1部の川崎重工時代の二輪事業については、
● 川重の中でも私が歩いた分野は、民需・量産分野の二輪事業部門で、そこでは『開発ー生産ー販売ーアフターサービス』という流れが繰り返される。その中でのマーケッテング部門は、販売そのものよりも、『販売した後の多種多様なユーザーたちの要望に応える活動』こそが最大の課題で、そんな要望に応える『大きな仕組みの創り』こそが求められているのである。
●『サービス、アフターセールス』販売後の活動こそが最大の課題なのに『販売そのモノ』ばかりに目が行ってしまいがちである。
● 2輪の販売は、4輪などとは違って、販売店のネットワークで売られる『システム販売』なのである。そしてユーザーサイドから見て『真に満足出来る販売網であること』がMUST条件なのである。
● 末端のユーザーの要望は、時代とともに変化するしその変化も激しい。購入形態なども時代とともに変化するので、それに柔軟に対応できていなくてはならない。 現代はまさにネット販売の時代なのである。
私が40年間、カワサキでやった仕事は一言で言えば『広報活動』なのである。
 
● 広報とは = PR=Public Relations = 社会におけるいい人間関係創り なのである。
● そしてその基本コンセプトが Kawasaki . Let the good times roll !  なのである。
  
    
  
1970年代にアメリカで創られたこの基本コンセプトは、『Kawasakiに出会う人たちが、ハッピーになるような活動をKawasakiは展開し続けます』というような意味で、事業展開の基盤であった。
● そして、Kawasaki に出会う人たちとは、カワサキの従業員も、販売店も、カワサキのユーザーは勿論、二輪車もJSも社会の中でいろんな方たちと出会うので、そんな社会の方たちを含んだ活動であるべきだと思っている。
これが私がカワサキで国内を統括した時の『組織と機能図』だが、
   
● 少なくとも、1990年代の国内のカワサキの事業展開は、このような基本コンセプトに基づいたトータル・システムの下に展開されていて、その一つとして、カワサキファンクラブの KAZE(Kawasaki Amuzing Zone for Everybody)は作られたのである。  https://www.kawasaki-motors.com/kaze/
● 事業展開の核は、販売会社ではなくて、株)ケイ・スポーツ・システムなど末端の社会に直結した『末端の社会・ユーザーを対象にしたソフト会社群』だったのである。
● 末端のユーザーや社会との 『イレクト・コミユニケーション』しようという『マーケッテング・システムの仕組み創り』で『社会におけるいい人間関係創り』=『広報活動』をほぼ形造っていたのだが、いつの間にか消えてしまっているのである。
● 当時は遊んでいても、自然に売れて、7万台の販売目標を達成したりしたのだが、遊んでいても7万台売れるのなら、『一生懸命頑張ったら、もっと売れる』と思われたのではないかと思っている。
     
 カワサキを退職して、今から8年前に創った
★ NPO法人 The Good Times は、『異種・異質・異地域をみんな繋いでいい時を過ごそう』という基本コンセプトで、カワサキでの活動の延長を一般社会の中で展開しているのである。   http://www.thegoodtimes.jp/
●その核となってくれてるメンバーはかってのカワサキの仲間たちだし、高橋鐵郎・田崎雅元・大槻幸雄・稲村暁・百合草三佐雄・大津信・山田 浩平・衛藤誠さんなど、こんなコンセプトに共感する方たちが個人会員30番台に並んでいるのである。
●『共感ネットワーキング』と言っていい。
● The Good Times というネーミングは、このNPO法人に出会う人たちがハッピーになるような活動を展開していこうという意思表示なのである。仕組みのベースは KAZEを進化させて創られている。
● NPO The Good Times は、Facebookや ツイッターなどと同じ『システムそのもの』で、それ自体は何もしないが、そのシステムを使う方が『上手に使えばウマく機能する』し『下手に使えば大した効果もない』のである。
●7年を経過して、その『仕組みそのもの』は100%完成していると言っていい。
● ネット(ブログ・Facebook・ツイッターなど)をベースに仕組まれているので、幾ら上手に使っても無料なので、毎月の経費は0円という多分世界で ただ一つの法人なのである。
● 個人会員・団体会員で構成されていて入会金がそれぞれ1000円・1万円である。
 団体会員プロジェクト という仕組みがあって、団体会員は自らの会員を集めることができるのである。
● 7年経って、団体会員さんが集めた個人会員は、1万人以上にもなるのだが、個人会員の入会金の殆どは団体会員の活動費として、NPO The Good Times から団体会員さんに支援している。そんな行政のようなNPO法人なので『新しい公共』を目指している。
● NPO法人の公式ツイッターのフォロワーは57万人で、それなりの情報発信力を有している。
      
★ざっとそんな仕組みだが、現在次の大きな三つの分野で、統括活動をやっている。
● WGRC: World Good Riders Club   http://www.thegoodtimes.jp/wgra/
     二輪関連で、  KAWASAKI Z1 FAN CLUB  http://z1fc.com/
          二輪文化を語る会       http://2rin-tsutaeru.net/ 
   など世界に個人会員を有しているし、その活動はそれなりに『差別化』された、高度なものとなっている。
● Ui (You & I 、お湯を愛する、友愛)  
  
  アメリカでの日本の風呂文化の普及活動など、日米の文化交流を目指している。 
      
    AT HOUSEは、 Ui の団体会員で ノーリツのお風呂関連のアメリカの会社である。
 こんなホームページをお持ちで、 https://at-house.com/  日本の風呂の文化のアメリカ普及に頑張っている。
 
 
● 燦々Sun Sun          http://www.thegoodtimes.jp/sunsun/
   
  地域活性化活動  として、活動開始3年目になるのだが、この世話人代表を関西国際大学の松本茂樹先生にお願いし、その             事務局長を殿界寿子さんが務めてくれている。
この燦々Sunsunの団体会員の一つが『三木 緑が丘 サンロードを愛する人のカイ!』でその代表世話人が殿界寿子さんなのである。http://www.thegoodtimes.jp/sunroad/about.php
 
     

 

★ NPO The Good Times の活動は、『異種・異質・異地域をみんな繋いでいい時を過ごそう』という基本コンセプトに共感した方たちを、ネットをベースに繋いで、団体会員さんの活動を支援しているのである。

特に、従業員がいるわけでもないのだが、それが自然にできる『仕組み』が出来上がっているから別に努力などしなくても、毎日会員さん同士がFacebook や ツイッターなどで出会っているし、会員さんの発信するブログは、こんな形で毎日纏めてNPO のホームページで紹介されている。  http://npothegoodtimes.blogspot.jp/

別に何の手間も掛からないから、もうすぐ84歳になるおじんでも、コントロールできているのである。

 

最後に、

私の現役時代出会って、自らお書きになっていたことを『やっている企業がある』とお付き合いが始まって、今もお付き合いのある服部吉伸先生の、私が好きな言葉の幾つかをご紹介しておこう。1990年代に書かれた『これからの流通業』だが『ソフト思考や仕組み』というのは、『汗して頑張る日本人』には向いていないのかも知れない。

 

これからの流通業』服部吉伸著
もう20年も前の私の現役時代の本だが、その中の文章から拾った言葉の幾つかである。
表現が非常に的確で、今でも間違いなく通用すると思っている。

● 流通業とは「自分の仮説の正当性を問うビジネスである
消費者の変化の本質を掴み、変化をどう自己の対策に置き換えるかと言うことが問われている。

● 仕組みを造るのは、非常に高度な仕事である。仕組みを造らずに放たらかしの形にして、創意工夫してやりなさいというのは酷である。損なやり方である。

● 仕組みとは手続き通りに仕事を進めてゆけば、意図した目的が実現できる仕組みでなければならない。現在のシステムは単なるデーターのアウトプット体系に過ぎない。

● 何が企業を変革するのか。それは企業コンセプトである。企業コンセプトを見直し再提起しなければ第二次創業とはならない。
従って企業コンセプトは方針戦略より上位の概念である。

● 意識改革ができるのは、一部の極めて優秀な人に限られ指導者の能力の一つである。意識改革を行えと言うだけでは、マジョリテイに対する意識改革は出来ない。マジョリテイに対する意識改革、それは仕事のやり方を変化させることである
そして成功が意識改革の元である。

● 通用する発想とは正しく現状を捉え説得力があり、やがて多くの人の賛同を得られる考え方を指している
ここでやがてという言葉を使っているのは、正しい考え方が最初から多数派である筈がないからである。

●『世の中には原因のある問題と原因のない問題の二つがある。原因のある問題は、原因の追究、把握、対策と言う思考ステップで課題を解決する。原因のある問題の解決に必要な能力は創造力と呼ばない。
創造力の源泉はアイデアであり思考ステップの特徴は「絞り込んで考え続けるというところにある。』

● これからの小売業、如何に組織が大きくても如何に図体が大きくても、お店を幾つもっても、すべからく専門店でなければならない。既に小売店の変化の方向は明確になっているのだ。

● 顧客の組織化にはデーターベースを活用した新しいマーケッテングを展開することが重要である。データーベースを構築するにあたってはどのようなマーケッテングを展開したいかねい核になっていないと前に進まない。自分のしたいことを明確にする必要がある。

● 企業の文化が問われている。そしてどのような思想、考え方、価値観を持った企業なのかが問われている。『うちは慈善事業をやっているのではない』と言えば、そのような企業でしかないということだ。『利益に文化の香りがする』そんな企業になって貰いたい。

 

こんな話を今日はしたいと思っています。

カワサキ時代の私の想いみたいなものを、孫の世代の学生さんに伝えたい と思っています。

技術や生産関連には多くのプロが育っているカワサキですが、なかなか『マーケッテング分野のプロ』が育ち難い環境にあるようにも感じています。

利益に文化の香りがする』そんなカワサキになって欲しいな と思っている昨今です。

 

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

★三木 緑が丘 サンロードを愛する人のカイ!のホームページです

★燦々Sun Sun です。

★会員さんのブログです。更新されるとすぐ載ります。

★毎日発行される NPO The Good Times 新聞です。

★57万人フォロワーのいる公式ツイッターです。

雑感日記のEnglish Version です。

 

 

 

2017年1月1日

謹賀新年

投稿者 : rfuruya

 

★2017年の幕開けである。

今年は酉年、 7回目の年男 84歳になる。

8回目が迎えられるように頑張りたい。

 

    

 

今年も、健康で自然に生きられたら、それでいい。

ひょっとしたら、何かまた、新しことがあるかも知れない。

 

大晦日に『除夜の鐘』のことを書いたので、『除夜の鐘』を聞きながら新年を迎えたい。

 

 

 

84歳になろうかというのに、『除夜の鐘』のことについても、知らなかった。

好奇心』だけはいつまでも持ち続けたいと思っている。

 

 

明けましておめでとうございます。

除夜の鐘を聞きながら、新しい年を迎えました。

 

 

 

 

今年もよろしくお願いします。

2016年12月29日

カワサキの二輪事業と私 その32  KAZE 雑感

投稿者 : rfuruya

 ★年末、KAZEの機関誌が送られてきた。

1989年10月、私は高橋鐵郎本部長(カワ販社長)からカワ販専務を命じられ、7万台販売のビックリするような目標を与えられたのである。7万台を達成するためにいろいろ考えた末、KAZEを創ろうと思い立ったのである。

当時は既にKGRC( Kawasaki Good Riders Club)というカワサキの熱烈な愛好者のユーザークラブが存在していたのだが、このKGRCを潰してKAZEを創ろうと思ったのである。 こんな熱烈なカワサキファンばかりを集めていたのでは、とても7万台という目標など達成できないと思ったのである。

7万台の販売達成のためにはもっと広い範囲に視野を広げて、社会に対する働きかけこそが必要だと思ったのである。

バイクに乗る人、それもカワサキに乗る人ばかりを対象にするから『小さく固まって』しまうのである。1台のバイクに多くの人たちが支援するレースの世界、その観戦に鈴鹿に集まる20万人の人たちは、バイクに乗っている人たちばかりとは言えないのである。そんなバイクの周辺の人たちにまで活動の範囲を広げようとしたのである。

KAZE(Kawasaki Amusing Zone for Everybody) はこんな名称で、その名称の中に基本コンセプトEverybody が明確に入っている。 Everybody バイクに関心のあるすべての人に働きかけるそんな活動展開をしない限り7万台などと言う高い目標は達成できないと思ったのである。

カワサキの二輪事業と私』の今年の最後は、年度ごとの纏めを中断して、『KAZE雑感』で纏めてみたい。

 

 

 

年末にこんなKAZEの機関誌が送られてきた。

今回、突如『KAZE雑感』を纏めようと思ったきっかけは、このKAZEの機関誌の裏表紙にあった『広告の紙面』なのである

 

 

★ここから先は、『私の仮設の分野』なのだが、KAZEの機関誌の裏表紙に、突然こんな広告が入って、正直私は『違和感』しか覚えなかったのである。

現在のKMJの広報担当者やTOP の方たちはマーケッテングや広報がお解りになっているのかな? 全くの素人の『思いつき』ではないのかな? と思ってしまったのである。

すべての冊子の『裏表紙』は、最高の広告媒体なのである。その紙面の使用に、果たしてどのような検討があったのだろうか?

KAZEの機関誌の裏表紙には、かって『アライヘルメットの広告』が長く掲載された時期があったことを覚えておられる方がいるかも知れない。これはアライヘルメットから広告掲載を求められたのだが、確か当時の額で1回50万円で、その掲載を認めていたのである。それ以上の価値があったと思ったのだが『ヘルメット』自体が大型バイクやジェットスキーに乗るKAZEの会員たちと密接に関係があり『お互いのイメージ創造』に寄与するという判断からだったと思う。

55000部も発行される機関誌は、世の中の雑誌の発行部数に比べても圧倒的に多く、現在でも多分25000部ぐらいは発行されているだろうから、その辺のバイク雑誌の実質発行部数を凌駕しているのだと思っている。

その裏表紙には、最近は広告掲載など一切ないままに進んでいたのだが、今回突如としてこの広告なのである。

こんな広告が今後も続くのかな? 単なる思い付きで1・2回で終わってしまうのではないかな?

そんなことはない、このKAZEの裏表紙の広告は、『2017年度の新しいKMJの広告戦略の一環である』ということならご同慶の至りなのである。

 

★そうなることを期待して、2016年の歳末のKAZE雑感なのだが、当時KAZEを創り、それを専門的に扱う『ソフト会社』を考えるスタートとして、私自身が書いた文章が残っていたので、ご紹介してみたい。

いま、読み返してみても『ちゃんと書いていて』現在のこのブログに載せても何の『違和感』もないと思う。書かれたのは昭和63年10月21日、10月に就任して20日後のことで、この文章をもとにスタートし半年後の翌年4月1日付で、川崎重工業経営会議の承認を得て、遊びのソフト会社 株・カワサキスポーツシステム がスタートしそのとしてKAZEプロジェクトは推進されるのである。

是非、KMJの現役諸君も、読んでみて欲しいと思ったのである。

 

この時期からもう25年が経過しているのだが、このKAZEや、KSSのソフト会社展開で得た『ソフトノウハウ』をベースに、7年前にNPO The Good Times というネットをベースのソフト法人を立ち上げて現在があるのだが、その中の二輪分野の中枢は当時のKSSで中枢にいた渡部達也くんが務めてくれているし、NPO The Good Times の経理担当は、KSSの経理担当であった吉田俊一くんなのである。

そして、その仕組みのトータルは、私自身が担当しているので、システムそのものは、「20年以上も前に私が考えたシステムそのままのKAZE」よりは前を走っているのではないかとと思うのである。

とはいうものの、20数年も前に発想したシステムは、他社が全て退出したのちも、生き続けているのだから、カワサキの現役諸君もぜひその展開については確りとした考え方の下に運営して頂きたいと思っているのである。

 

2016年12月25日

緑が丘駅前で~おかしを もらっちゃおう

投稿者 : rfuruya

★ 『緑が丘駅前で~おかしを もらっちゃおう』というこんなイベントがあるというので見に行ってきた

 

 

主催 粟生線サポーターズクラブ有志 となっているが、『有志』となっているのに意味があって『粟生線サポーターズクラブ』が主催ではないのである。主催というか、このイベントの起案者は『粟生線サポーターズくらぶの運営委員』をされている 島田晴夫さんである。

趣旨に賛同して手伝ったのは、『三木 緑が丘 サンロードを愛する人のカイ!』主宰する 殿界寿子さんなのである。  http://www.thegoodtimes.jp/sunroad/index.php

そして、殿界さんが繋いだ、緑が丘子ども会育成会・キッズサポートクラブ の 新井謙次さんのご尽力で実現したのである。https://www.facebook.com/profile.php?id=100009374016726&fref=ts

そして、サンタクローズの衣装を着て、現場を支えたのは『高齢者大学の方々』なのである。神戸新聞の大島記者さんも、取材に来られたから、神戸新聞三木版の今朝の記事にもなっているかも知れない。

こんな人たちの善意と協働によって実現した『イベント』なのである。

こんな感じのイベントだった。

 

★ イベントそのものは、動画をご覧になれば、どんな感じのものであったのかお解り頂けると思うが、これが実現するまでの経緯ご紹介しようと思っている。

島田晴夫さんは、昨日初対面なのだが、殿界さんからはこのイベントの経緯をよく聞いていたので、イベントも見たかったが、島田さんにお会いしてみたかったのである。

神戸電鉄粟生線に非常に愛着を持っておられて、緑が丘はその三木の入口駅である。そこでクリスマスイブに子どもたちとイベントをと思って、企画を『粟生線サポーターズくらぶ』に持ち込んだのだが、相手にされなかったことからこのイベントはスタートしている。

諦めきれずに、島田さんのお宅のすぐ近くの『殿界寿子』さんに話をしたことから、こんな展開になったのである。クリスマスイブの日に、緑が丘の駅前で、こどもたちにお菓子を配ろう というだけのものだったのだが、お菓子を買うお金は島田さんご自身のポケットマネーでなどとも思われていたようなのである。

それを聞いた殿界さんが、緑が丘子ども会育成会・キッズサポートクラブ新井謙次 さんに話したら、子ども会の予算で5万円を出しましょうという話になり、それだけではなしに、子ども会の持っているサンタクロズの衣装や飾り付けなどもみんな提供して頂いて、それに『高齢者大学』の方々が善意で参画されているのである。

いろんな人たちの善意でスタートしたこんなイベントは本当に気持ちがいい。今年は1回目だが、250個も用意したお菓子はみんななくなった。250人ものコドモたちがやってきたのである

 

 

真ん中が、島田さん、右が殿界さん、そして左側がいろんなことで『何かと手伝ってくれる』神戸新聞の大島支局長である。神戸新聞に掲載されることだけでも、大成功である。

島田晴夫さん、お聞きすると 昭和8年生まれ、私と同い年である。今後、何かとご一緒したいと思っている。島田さんにはネットをやることをお勧めしておいたが、おやりになるだろうか?

お互い『いい方にお会いできた』という感想を、持ち合わせているのである。こんな感じの、『つながり』やイベントが、一番気持ちがいいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年12月12日

伽耶院のホームページ

投稿者 : rfuruya

伽耶院のホームページ

★『伽耶院』と検索するとこんなページが現れる。

 

★その『伽耶院のホームページ』とはこんなページなのである。 http://gayain.exblog.jp/

伽耶院が NPO The Good Times の団体会員さんに入会された2010年7月以来、ホームページをお持ちではなかった伽耶院の四季折々の催しなどをその素晴らしい景観とともに、ブログ形式で私が纏めてアップしてきたものである。

伽耶院』という名刹のイメージを損なわないように毎年四季折々に訪れて、写真や動画で紹介してきたのである。

 

https://www.youtube.com/watch?v=HLKc1s3Ns68

 

 

 

 

 

 

伽耶院は こんなお寺なのである。

私の一番好きなお寺である。

 

★ 先代のご住職は、ネットなどもう一つお分かりにならなかったので、こんなお手伝いをしていたのだが、この10月に先代のご住職が80才を迎えられたのを機に、引き継がれたご住職は、いま新しい 伽耶院のホームページをお創りになったのである。   http://www.gayain.or.jp/

 

 

 

従来のホームページをどのように引き継いでいくのか、そんなこともあって昨日は伽耶院に新住職を訪ねていろいろご相談をしてきたのである。

私としても、肩の荷が下りてホッとしているのだが、新ご住職からも、今までのブログのホームページが立派で、それを見て沢山の方に来て頂いて『感謝している』と言って頂いてホントによかったなと思っているのである。

 

★ただネットの世界のことだから、既に正規のホームページが出来ているのに、今でもブログのホームページが上位に来てしまって、正規のホームページが現れないのが現実なので、今後具体的にどのように対策すればいいのか、知恵を絞らねばならないのである。

伽耶院が NPO The Good Times  の団体会員さんであることに変わりはないので、今から色々正規ホームページの応援対策を考えようと思っている。

幸い初対面ではあったが、お若い新ご住職とも非常にいいお話が出来たし、今後上手く展開できるような気がしているのである。

まずは、このブログでご紹介をして、Facebook やツイッターでの情報発信を頑張りたいと思っているのである。

 

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

★三木 緑が丘 サンロードを愛する人のカイ!のホームページです

燦々Sun Sun です。

★会員さんのブログです。更新されるとすぐ載ります。

★毎日発行される NPO The Good Times 新聞です。

★55万人フォロワーのいる公式ツイッターです。

雑感日記のEnglish Version です。

 

 

2016年10月24日

ネットの世界の繋がり

投稿者 : rfuruya

 

★今どき ネットから逃げている 大企業や行政など、ちょっと間違っていると思っている。その根底にあるのは『性悪説』だろう。勤務時間中にネットを自由に観れるようにしたら、仕事をせずにネットばかりに集中してしまうとでも思っているのだろう。ネットの中で得られる情報や、末端の貴重な情報をみんな逃がしてしまっていることに気づいていない。それでいながら『アンケート』などツマラヌ末端情報をとって満足しているのである。

★現役を引退してもう何年にもなるのだが、いろんな新しい繋がりが出来て、楽しく生きておられるのはネットのお蔭である。世の中の一般の消費行動などをみていても、ネットだとか通販だとか、その主流はシステム販売にどんどん移行しているのに、いまごろから新しい店舗を中心にした販売方法など考えてみても、40年以上の時代錯誤だと思うのだが・・・一生懸命頑張ったら売れるという時代は、昔々の行商の時代の産物だと思う。確かに一生懸命頑張って売ることも大事だが、遊んでいても売れる方法『仕組み』を考えるほうが早道だと思う。

基本コンセプトの中心に末端の一般の方や、消費者の満足と言う一番大事なことが抜け落ちて、従来通りのタテ型の発想しかないので、40年前と基本的に同じ発想になるのだろう。

★世の中の人たちは、確かに悪い人もいっぱいいるが、『人間の性は善である』と私は思って生きてきた。『性善説』で生きるほうが楽しいし、信じてあげたら殆どの人はそれに報いてくれるものだと思っている。この何年間か、ネットの世界で沢山の人と繋がった。別に組織でもなく上下の関係でもないし、金銭がそこに存在したりはしないのだが、善意で応援したり、応援してくれる人が自然に出てくるのが不思議である。

 

 

Facebook の中に突然こんなサイトが現れた。

https://www.facebook.com/%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-662464933798991/

先日来このブログに纏めている『カワサキの二輪事業と私』と言うシリーズを纏めて下さっているのである。こういう応援者が出てくることは、励みにもなる。

ネットの世界は、自然に繋がって、みんな自分で『やりたいこと』をやっているだけだが、何となく自然に協調体制みたいなものが出来上がるのが不思議である。そのベースは私は『性善説』だと思っているのだが・・

なぜ、行政や大企業は、その従業員すら信用しないのだろうか?別に勝手に入ってきた人でもないし、ちゃんと試験をして自ら選んだ人なのに、それが信用できないなどと言うシステムにするので『大きなこと』が出来ないのだと思う。

 

2016年10月17日

NPO The Good Times のHP 10万人来場!

投稿者 : rfuruya

★いま朝7時半、 NPO The Good Times のホームページの訪問者は99,972人

http://www.thegoodtimes.jp/

後28人で待望の10万人が達成できる

今日のうちに達成することはまず間違いない。 7年と5か月の月日が流れた。

 

NPO The Good Times を立ち上げたのは2009年のことだから7年前のことである。

7年前と言うと私は76歳、結構な歳から思い切って始めたものだと今となってはそう思ったりするが、その時は全然そんなことは思わなかった。

思い立ったのは1月末で、三木市が開催したNPO関連の講習会に出席して講師の先生の話を聞いているうちに、『自分で立ち上げてみよう』と思ったのである。

先生の『日本のNPOはいまや小学校の数を抜いてコンビニに迫る勢いだが、小さいものばかりでトヨタ自動車や川崎重工のような確りしたところは少ない』と言う言葉に刺激を受けて、2月の初めには兵庫県のボランタリー活動プラザのある川崎重工の神戸本社ビルを訪ねたのである。

 

kawasaki . Let the good times roll!

は川崎重工の二輪事業部の事業展開の基本コンセプトなのである。

1970年代にアメリカのKMCでアメリカ人が創ったフレーズだから、正式な日本語訳は無いのだが、『Kawasaki に出会う人たちがハッピーになるような活動をKawasakiは転がし続けます』というようなことだと思っている。Kawasakiの作るバイクやジェットスキーは、販売店やユーザーたち、それを作るカワサキの従業員などカワサキに繋がる人たちにも勿論出会うのだが、バイクやジェットスキーは道や海辺でも乗られるので、バイクに乗らない一般の人たちとも出会うのである。

そんな一般の人たちにも迷惑を掛けないような社会と共存できる事業活動であるべきだとずっと思っていたのである。

 

そんなコンセプトをもっと広げて、ご縁があって繋がる人たちがみんな『Good Time になるような活動の仕組み』を創ろうと思ったのである。

当時既に、76才だったから自ら引っ張ることは難しいが、『仕組みの創造』なら50年間『仕組み』を創り続けてきたのでそのノウハウは十分だと思ったのである。

まず NPO The Good Times の基本コンセプトを

異種・異質・異地域をみんな繋いでいい時を過ごそう』 と決めて、このコンセプトを実現するために

● ネットの利用  (ネット自体が仕組みであり、幾ら上手に使っても無料)

● すでにあるネットの仕組みの利用  (ブログ・ツイッター・Facebookなどを横に繋ぐ)

● 共感ネットワーキング (こんなコンセプトに共感する団体会員・個人会員で構成し、その人たちの想いに実現)

などなどが出来上がる、NPO The Good Times に出会った人たちがハッピーになればいいなと思ってスタートしたのである。

 

★7年経って、いろんな評価はあるのだろうが、少なくとも小学校の数ほどあると言われる一般のNPO法人とはちょっと違った差別化された動きが出来ていると自負している。

●この間、行政などからの金銭的支援、補助金など一切受けていない

●世界で多分一つしかないと思う経常経費0円という、お金が要らない法人をネットベースで完成出来ている

●参加されている団体会員さんは結構ちゃんとした『活動』をされている・

●それを支援する『仕組み』は例えば『公式ツイッター』は55万人のフォロワーになったりしている。

 

★ このNPO The Good Times が一番最初に創ったのがそのホームページなのだが、そのスタートは2009年5月のことで、そのスタート時点から、ホームページを訪れる方を数えるカウンターを付けたのだが、

それが多分、今日中に『10万人』を迎えそうなのである

これは日曜日の午前中の数字なのだが・・今はこんな状況なのである。

 http://www.thegoodtimes.jp/

 

ホームページはよく創られるのだが、なかなかそこを訪れる人は少ないのが現実で、NPO The Good Times のホームページに10万人に人が訪れることになるとは思ってもみなかったのである。

このホームページそのモノにも結構動きはあるのだが、このページの右側に並んでいる団体会員さんのホームページもまた素晴らしいので、そんなページを訪れた方がつい訪れたりする相乗効果なのかも知れない。 と思ったりしているのである。

いずれにしても、日本の場合、ネットワークとは間違いなく『ヨコ展開の機能』であるはずなのに、全然その意識をお持ちでないのである。

極端に云うと『ヨコ展開のネットの世界』で日本独特の『タテ型』に篭もってしまって、ホームページに幾ら掛けたとか綺麗に出来たなどばかりに終始していて、トータルの仕組みが抜け落ちてしまっている。

 

NPO The Good Times の場合は、事務所もない、お金もない、従業員もいない、電話もない、毎日の活動もそんなにない紙の資料もないチラシなどは一切ないなどの『ナイナイ尽くし」なのだが、

7年経ってそのホームページに 10万人が訪れたということは、そこそこいい線行ってると思っていいのだろう。

7年前はその会員さん、こんなことをしていたようだ。

http://www.thegoodtimes.jp/date/2009/05/

そんなことが、振りかえって観れることがいいのかも知れない。

そういう意味では会員さんのブログもここに来れば見ることが出来るのである。

http://npothegoodtimes.blogspot.jp/

 

こんなのを、お金を使わずアタマを使った『ヨコ展開の仕組み』と言うのである。

 

 

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

★三木 緑が丘 サンロードを愛する人のカイ!のホームページです

★燦々Sun Sun です。

★会員さんのブログです。更新されるとすぐ載ります。

★毎日発行される NPO The Good Times 新聞です。

★55万人フォロワーのいる公式ツイッターです。

雑感日記のEnglish Version です。

 

2016年10月11日

こなや音楽祭

投稿者 : rfuruya

 ★毎年10月10日に三木山森林公園の音楽ホールで開催される『こなや音楽祭』に行ってきた。

昨年に続いて2度目だが、私自身音楽を評価するようなレベルでは全くなくて、ただいい音楽を聞くのは何となく楽しいというぐらいなのである。

そんな私が聞いていても、この音楽祭の出演者のレベルは相当に高度だなとお模わせるものがある。

 

主催者の垂井ご夫妻も出演する、吉備楽『御神楽』から始まった。

伊勢神宮と宗忠神社だけで演奏されている御神楽の出張演奏なのだそうである。

 

 

 

 

 

クラシックピアノ演奏のあとは、ピアノ・ギター・バイオリンの共演。

 

 

さらにバイオリンとアルパと言う私はその名前を聞くのも初めての楽器の共演でよかった。

 

 

 

 

前半最後に登場したのが 三線とタップダンス。

タップダンスに登場したのは、鈴木昭彦さんでこんなかくし芸を持っているのにはビックリだった。

 

 

3時間に近い演奏を3分ほどに纏めてあるが、会場の雰囲気や、演奏のレベルはお聞きになればすぐお解りだと思う。

 

こんな高度な音楽界が入場料無料なのである。

お聞きしたら、10月10日は垂井ご夫妻の結婚記念日だそうである。

垂井さんは大の音楽好きでご自宅で、年に何回もの演奏会も開催されている。

こんな結婚記念日のイベントが毎年開催されて、ご夫婦で出演もされるのは素晴らしいことである。

真似をしてみたいが、これはとても出来ない。

そんな、『こなや音楽祭』だった。

前半の最後を飾ったのは『三味線』かと思ったら『三線とタップダンス』

タップダンスを踊ったのは『かもすわ』の鈴木昭彦さん、

ちょっと立ち話で聞いてみたら、ニューヨークにいたときに習ったとか。

アメリカ仕込みなのである。

それだけを集めてみた動画である。

 

演奏曲は 鳩間節・新安里屋ユンタ・目出度節・豊年音頭

お楽しみ下さい。

2017年からの日記

投稿者 : rfuruya

★今年で いま使っている日記が終わりになるので新しいものを買わねばならない。

日記は高橋書店の『大型5年 横線当用新日記』と言うのを使っている。

 

 

こんな様式のもので、現役時代は『3年連続』のものを約30年間使っていたのだが、退職してからこの形の『5年もの』にしたのだが、今年で3冊、15年が終わって新しいものになるのである。

今回は 2017~2021年までの5年間だが、前回の時もそう思ったのだが、『果たして最後まで書けるのだろうか?』と。

未だ12月31日は来ていないが、今年は何とか書けそうである。

2017年は3月には84歳になるので最後の年は89歳である。

これはなかなか大変だと思うが、何とか東京オリンピックの年まではと思ったりしている。

 

★日記を書きだしたのは、20歳の大学2回生の頃だったので、もう60年以上書き続けていることになる。

人生なんて運みたいなもので、日記を書きだした動機の一つに、20歳のころ肺結核になっていて不摂生だったし『あまり長くはないな』と思ったりして、何か書き残しておこうと思ったのである。

特に養生などしているわけでもなく、自然に生きているだけだが68歳の時にも『クモ膜下』になったりして『これは死ぬな』と思ったのだが、運よく『脳外科専門』の大病院に運び込まれて、手術など何もせずに1ヶ月入院しただけで出てきて今なのである。

不思議なもので、年をとるごとに元気になるようで、正直今は70歳のころよりは間違いなく元気だし、ひょっとすると60歳以降体力は低下していなくて、むしろ元気になっているようにも思ったりもする。

そんなことなので、この新しい日記も最後まで書き終えるように頑張りたいと思ったりしているのである。

 

★ 70歳を過ぎてからパソコンをやり出して、この『雑感日記』もスタートが2006年だから、今年もう9月を過ぎたので丸10年毎日アップし続けている。

日記はほんの数行書けばいいので至極簡単なのだが、このブログと違ってペンで自筆で漢字を使って書かねばならないのである。昨今文字を書くことが少ないので、字を忘れてしまって日記になかなか書けないことが多くなってきた。

パソコンはどんあムツカシィ字でも即座に変換してくれるのだが、日記はそうはいかないのである。

5年先、もし生きていたら、ちゃんとした漢字が書けている日記にしたいなと思っている。

 

便利な時代で、今朝から『高橋書店』を検索して『大型5年 横線当用新日記』を見つけ、Amazonに注文したら明日にでも家に届くようである。

こんな10年連続の横線日記もあるようだ。若し今度の新しい日記を書き終えるようなことがあったら、次はこの10年連続のものを使ってみようかなと思っている。

 

 

● 20歳までは、記録なし

● 20歳から1年単位の普通の日記帳で

● 3年連続のものを11冊 33年間  68歳まで

● 5年連続のものを4冊  20年間  もし生きてたら88歳

それに10年物が使えたら、なかなかかっこいいなと、自分でも思っている。

2016年8月12日

カワサキ二輪事業と私 そのー10  田崎雅元さん

投稿者 : rfuruya

★先日来、高橋鐵郎さん、大庭浩さんのことを書いたので、順序としてはアメリカのKMC社長発動機事業本部長

川崎重工業社長を歴任した田崎雅元さんのことを触れないわけにはいけないだろう。

 

ただ、大庭さんや高橋さんは、私の上司としての存在だったのだが、田崎雅元さんは間違いなく一緒に協働した仲間であり、どうしても、彼の話となると長年一緒に協働した『仲間としての話』になってしまうことをお許し頂きたいのである。

 

田崎雅元さん、年は私より二つ下、昭和10年の生まれ、川崎航空機入社の年次で言えば、私の1年後輩なのだが、結構気が合って、本当に長いお付き合いは極々最近まで続いているのである。

私が一つでも先輩であったことは誠に幸いして、彼はホントに社会的には手の届かぬほど偉くなったのだが、彼との関係会話も、ずっと何十年同じように続いている仲間なのである。

生い立ちも似ていて、私は戦前朝鮮京城にいたのだが、彼のお父さんも京城大学の先生で小学校時代は京城にいたこともある。終戦前に満州に行って満州からの引き揚げ者なのである。

どちらも大陸育ちのちょっと変わったところがあって、後輩から『古谷さんと田崎さんは日本人でないところが困る』などと言われたりしたのである。

 

田崎さんは、川崎航空機の昭和33年の入社で、ジェットエンジン部門の生産関係に配属になっていた。田崎さんに言わすと入社時に、設計図面を書かない部門にと希望したからだという。設計図の昔のスミで書くのがどうも苦手だったのだという。兎に角口は達者だったが、字などもそんなに綺麗ではなかった。

曰く、『アタマの回転が速すぎて手がついて行かないからだ』などと仰る。ことほど左様に何か理屈をつけて決して『参った』とは言わないのである。

そんな彼がジェットから単車に移ってくるのは昭和37年だったと思うが、昭和36年当時私は既に単車営業にいて、労働組合関係の職場の常任幹事をしていたころ、彼もジェットの職場の常任幹事で同じ会議などで出会ったのが最初である。組合関係のことなど、どんな話題になっても、めちゃ上手く喋るので、事務屋だとばかり思っていたら技術屋と聞いてびっくりした。

 

★そんな彼が、単車の生産工場に異動して来て、高橋鐵郎さんの下にいたのだが、お二人とも当時のカワサキ創世期のレース委員会のメンバーだったのでそれからはずっと退職後も繋がっているので、もう50年以上のホントに長いお付き合いなのである。

 

田崎さんのことを時系列に並べてみると

● まずは組合の常任幹事時代のお付き合い 1961年。

● これは確か昭和37年だったと思うが『源平芸能合戦』と言う会社単位のテレビ番組があって、三洋電機が相手で私が勧進元だったのだが、田崎さんがその応援団として大いに手伝ってくれたことを覚えていて、いつも二人の間では話題に上がる田崎さんとの協働のスタートなのである。

●『カワサキが初めて鈴鹿を走った日』 http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/8356d318b5dc414c15dd1b7488a09f63

会社に内緒でロードレーサーを創って走らせたのは私と田崎さんなのである。そのカワサキの初代のレースチーム監督が大槻幸雄さん、助監督が田崎雅元さんだったのである。 1965年。

● その後彼はアメリカの異動になるのだが、当時のレース監督大槻幸雄さんもドイツ留学が決まりお二人同じ日にレースの仲間たちで送別会をしたりしている。1965年のことである。

 

これはその当時の1回目のアメリカ時代の浜脇洋二さんと田崎さん。

最初のシカゴ時代、所謂『7人の侍』の一人なのだが、当時バイクに乗れたのは田崎さんだけで、W1の試乗でハイウエイを走ったのが彼の自慢なのである。社長時代もオートポリスをバイクで走ったりしたらしい。

● アメリカから戻ってきて、私も国内の販社出向から単車事業部の企画室に戻った時は、彼も同じ企画部にいて、それからは殆どずっと仕事上でも密接な関係にあったのである。この年が1975年。

● 1978年だったか、アメリカのハーレーダンピング訴訟がありこれを担当したのが田崎さん、その国内販社の構造対策をしたのが私なのである。

● その後、アメリカ市場がどんどん悪化して、彼は高橋鐵郎さんと一緒にアメリカKMCの社長で出向するのだが、それでも益々大変になり、販社の経営対策のために私は当時の山田専務に企画室に戻るよう言われる話は、高橋鐵郎さんの時にも書いた。

● その時、山田専務に高橋鐵郎会長を企画室に戻すようにお願いした時『田崎でKMCは出来るか?』などと仰るのである。『私と田崎さんは1年違いですから、田崎さんでKMCが出来ないなら、私が企画は務まりません』とお答えしたのである。

● その後のKMCは大変な時期だったのだが、田崎さんの相談相手の高橋さんを私のほうに頂いたものだから、そんなこともあって、大庭本部長時代の3年間の単車再建期間、私はKMCのことについては特に田崎さんを援けて尽力した

●『Ninja 』のネーミングは実はアメリカ発で、明石の技術部サイドは反対だったのだが、大庭さんがKMCの出張時に『Ninjaは黒装束のイメージなどではありません。アメリカではゼロゼロセブンのイメージなのです』と口説き落として、当初のGPZ900は、アメリカ市場のみ『Ninja』のネーミングで上市されたのである。

あの時、大庭さんを口説き落とさなかったら、カワサキに『Ninja』のネーミングは生まれていなかったのである。その時その場にいたのは大庭さんと田崎さんと私の3人だけだったのである。

 

 

●その当時のKMCは、累損もあり日本円で言うと300億円近い借入金もあって、当時の貸付金利が20%に近い高率だったので、その金利だけでも60億円近い金額となり、当時の田崎さんにKMCの経営再建はモノを売ることよりも営業外対策をするほうが速いと、彼に営業外やバランスシートの知恵を教えたのは私なのである。

技術屋さんでバランスシートなど解る人は少ないのだが、一端覚えて勉強しだすとどんどん知識を深めて、私などが追いつけないほどの資金関連の知識を田崎さんはお持ちなのである。

後、川崎重工の社長当時、無配の川重を引き受けたのだが、彼の社長担当時に川重のバランスシートの内容は非常に改善されてその後の川崎重工の経営安定に貢献しているのだが、それを言う人は少ないのである。

● 田崎さんがKMC社長時代、私と二人で掲げた目標は『KMCの38百万ドルの累損消去』であり、殆どの人がそんなことできるかと思ったのだろうが、田崎さんの後の百合草三佐雄社長時代に、見事消去されて、日本サイドで元大西副社長など関係者とお祝いのパーテーを一緒にして、田崎さんと私も出席した夜のことよく覚えている。

●川崎重工業社長時代に、彼でないとできなかったことがあるとすれば、それは神戸の『カワサキワールド』を創ったことだろう。その展示の内容は、二輪部門が中心にはなっているのだが、航空機も車両もホントに立派な川崎重工の展示場となり、神戸のメリケンパークの名物となっているのである。

そのカワサキワールドも10年経って、今秋、特に二輪の展示部門の回収が行われるようである。こんな写真が、Facebook に載っていた。

 

●1986年がカワサキの二輪事業の再建最後の年で、大庭本部長は本社に戻られ7月からは高橋本部長となり、翌年4月に単車と発動機との統合があり、田崎さんも2月には戻ってくることになるのである。あれだけの大騒動であったカワサキの二輪事業の危機も、3年間で成功して大庭さんは翌年6月の川重社長が約束されて本社に凱旋されるのである。

その1年前の1986年の事業部の動きである。

 

 

 

● 87年からは、そんな新しい体制になるのだが、大きな修羅場を経験した田崎さんなども、安定した事業部の企画副室長は勿体ないなと思っていたら、大庭さんが社長になると直ぐ、田崎さんはすぐ本社に引き抜かれて、そのあとすぐ川崎重工業のニューヨーク社長にまた出向することになるのである。

● 田崎さんはニューヨークから戻った後はCP事業本部の副本部長として、そして事業本部長を務められた。その後、川崎重工業の社長に抜擢されるのだが、これは大庭浩さんの最後の人事であったのだろう。

 

★田崎さんとのお付き合いはお互い現役時代も延々と続いたのだが、お互い引退後もずっと続いていて、そんな私との関わりを幾つか・・・・

 

● これは現役を引退して後のNPO The Good Times の平井稔男さんが主宰した『カワサキの想い出、そして未来』の時の幕開けの挨拶をしてくれた田崎雅元さんである。  2011年。

 

 

● こちらはひどく赤い顔をしているが、神戸の灘の酒心館の会合で昼から旨い酒を飲んだ時、NPO The Good Times の会員になってくれた時の写真である。

ちなみに、NPO The Good Times の会員NOは、高橋鐵郎さんが昔で言う監督NOのNo.0030 番、田崎さんがNo.0031番なのである。

 

 

●さらに、彼が孫文記念館の理事長を引き受けた際は『孫文を語る会』を創って協力もしたのである。ちょうどその頃の写真である。

 

● 引退後の田崎さんとの一番大きな協働作業と言えば、もう今はすっかり定着して、『カワサキワールドの定例行事』になっている、神戸メリケンパークでの『ミニ鉄道フェスタ』である。

http://www.khi.co.jp/cgi-bin/kawasakiworld/topics/index.cgi?mode=detail&select=1458635683

 

 

これの起案者の福井昇くんに頼まれて、当時会長だった田崎さんに頼みに行ったのは私なのである。

彼が一緒に神戸市の副市長のところまで一緒に行ってくれてその開催が決まったのだが、第1回は副市長に頼まれて、神戸フルーツフラワーパークでの開催となり、NHKが報道したこともあり大盛況で、その実績から、メリケンパークでも開催することになったのである。

 

そんなことで、田崎さんとのお付き合いは、『源平芸能合戦』に始まり『ミニ鉄道フェスタ』まで、いろいろとあるのだが、二輪関連だけでなく、ジェットスキーのレース活動のJJSBAを立ち上げるにあたっては、当時KMCの社長をしていた田崎さんにアメリカのIJSBA に繋いでもらったりしたのである。   1961年。

 

日本でのジェットスキーのレース活動はそこからがスタートである。

ソウル五輪の開会式の当日 韓国のオリンピック委員会の依頼で、ハンガンでジェットスキーのデモンストレーションを世界のジェットスキーのトッププレイヤーを集めて実施した時も、いろいろ援けてくれたのである。 1988年。

 

 

川崎重工業の社長を務めた田崎雅元さんなのだが、彼の中にある「遊び心」の原点は、こんなカワサキの創世期のレース仲間たちとのお付き合いから身に沁み込んでいるのだと思う。

二輪車も、ジェットスキーも『遊び』の道具なのである。

その事業展開に『遊び心』がなかったら、その経営は本物ではない。と私は思っている。

それは業界の大先輩、本田宗一郎さんのおやりになったことを見ながら、学んだ私の信念みたいなものである。

 

 

彼の社長時代には川崎重工業を、『川崎柔工業』に体質改善することを本当に目指したのである。川崎重工業と言う企業の中に、大庭浩さん以降『カワサキの二輪の体質』が幾らかでも沁み込んで行ったのは確かなのである。

この写真、真ん中が兵庫メグロに西海社長、その両脇が川崎重工業の副社長をされた、山田さんと高橋さん、私の隣が田崎さんなのでである。

 

 

団体会員プロジェクト

  • World Good Riders Association
  • 燦々sunsun
  • 孫文を語る会
  • 二輪文化を伝える会
  • KAWASAKI Z1 FAN CLUB
  • シーズカンパニー「リモア友の会」
  • e-音楽@みき
  • ベストコレクター友の会
  • カワサキZの源流と軌跡 - 三樹書房

団体会員リンク

  • ボランタリー活動プラザみき
  • e-音楽@みき
  • 緑が丘子ども会
  • グリーンピア三木
  • 神戸市立フルーツ・フラワーパーク
  • ホシノインパル
  • 船場
  • SEAZ COMPANY
  • カワサキマイスター
  • JSP明石
  • インターナショナルトレーディングムラシマ
  • スポーツイン
  • 忍者
  • 紙の単車屋
  • ハルタ
  • YRS 山本レーシングサービス
  • 株式会社 武雄タクシー
  • 月木レーシング
  • ノヴァエネルギー
  • インナー通販.com
  • ライオン屋本店
  • 三木さんさんまつり
  • 三木セブンハンドレッド倶楽部
  • ベストコレクター
  • エクステリア風雅舎
  • cafe' かのん
  • 【光削】AIネットワーク
  • 三木アネックスパーク
  • バイクショップTODA
  • TRカンパニー
  • バニービーチ
  • モトビークル-松島企画
  • オレンジワークス
  • 吉野歯科診療所
  • SUZUKI design - DENICO
  • 山本医院
  • 仔猿-CKデザイン
  • スクーテックジャパン株式会社
  • 株式会社北海製作所
  • リアライゼイション
  • 兵庫メグロ販売株式会社
  • 伽耶院
  • 株式会社キッズ
  • はっぴいえんどプロジェクト
  • 有限会社橋本漆芸
  • TONE BLUE
  • プロショップKIYO
  • ホーリーエクイップ
  • 株式会社零カスタム
  • フォレスト・ホームズ
  • いとうともひさ
  • DANTHREE
  • 放射能ウオッチャー
  • メディアゼロ:カスタムインフェクション
  • Miyako Hybrid Hotel
  • 有限会社 小金井美装
  • WITH ME PROFESSIONAL RACING
  • 孫文を語る会
  • SSS進学教室 緑が丘教室
  • MJP株式会社
  • モトショップシロタ
  • SR400 500 SNS
  • 池田うららプロジェクト
  • 公共の交通ラクダ(RACDA)
  • 二輪文化を伝える会
  • NPO法人発達障害をもつ大人の会
  • 菊水鮓西店
  • きっとウマくいく輪
  • O's Organizational Synergy
  • 72.姫路カワサキ
  • 73.菊澤デザイン事務所
  • カワサキZの源流と軌跡 - 三樹書房
  • ヤマダホーム有限会社
  • うはら特許事務所
  • テラモーターズ
  • AT HOUSE, Inc
  • World Good Riders Association
  • LIME GREEN FAN CLUB
  • 株式会社モリワキエンジニアリング
  • 燦々
  • キッズサポートクラブ
  • 仮面舞踏会
  • 山百合サポートセンター
  • KSSR 神戸スーパースポーツレーシング

リンクはご自由にどうぞ。このリンクバナーをご利用下さい。
ザ グッドタイムス