The Good Timesは「みんな繋いで楽しくいいときを過ごそう」「異種、異質、異地域の人々を繋いでいくトータルシステム造りを目指す」そんなNPO法人です。

いろんな方の繋がりを期待しています。

ツイッター
The Good Times 公式アカウント
「rfuruya1」フォロワー数約20万人!
(2011.12現在)
● 個人会員さんのツイート(リスト)
ブログリンク集
会員さんたちの異種・異質・多彩なブログです。更新順に掲載されます。
掲載希望の会員の方は、こちらのフォームから登録申請してください。
タンブラー
会員さんのブログをピックアップしてご紹介
facebook
The Good Times のfacebookページ
グッドタイムス新聞
NPO The Good Times 新聞 (毎朝4時更新)
 

ブログ

2019年6月19日

ネットのシステム 雑感

投稿者 : rfuruya

 

★インターネットはブログに始まって、ツイッター・Facebook・Instagramなどいろいろとやってはいるのだが、そのシステムについては、ホントのところよく解ってはいないのである。
 横文字が多いし、結構いろいろとあるのだが、別にすべてが必要でもないので、覚える気にならないのである。
 最近はgooのブログのシステムが新しくなってウロウロした。やっと何とか慣れたかなという段階なのである。
 ブログも毎日1000人近い人たちが訪れるので多いほうだとは思うが、いろいろやっているネットの中で、一番多いのはツイッターだろう。
 一時は60万人を超えていたフォロワーも今は56万人ぐらいで落ち着いているのだが、有名人ではない一般人でのフォロワーの多さでは日本で18番目ぐらいにいるので、そのレベルは相当なものなのである。
 毎回最後にアップしているこんなリンクも、私独自のシステムなのだが、果たして何人の方がクリックされるのだろうか?
 
 56万人いても、毎日アップするツイートに対する『いいね』の数は、なかなか100人には達しないので、ツイッターも大したことはないなと思っていたのである。
 これもホントにごく最近になって『ツイート・アクティビティ』というのが横にあるのに気づいて、クリックして見るとこんなサイトが現われるのである。
 そして『28日間で339、485件のインプレッションを獲得しました』との表示が現われるのである。
 『インプレッション』とは何かなと思ったら、『ユーザーがツイートを見た回数』だそうである。それなら1日に1万人以上の人が見ていることになるので、相当なものである。
この28日間で一番沢山見たのはこんなツイートだったようで、これは22346人の人が見て、約1割の2412人が反応したと言っているのである。
 
★こんなことになっているとは、ホントにごく最近まで知らなかった。
 今更、これをどうこうしようという気持ちもないのだが、ネットは素人でもこんな多くのフォロワーを集めることが出来るのはオモシロい。
 少なくとも『情報発信』をしていることには違いないので、多くの人たちが見てくれてるのは、結構なことである。
 ツイッターには、毎日のgooのブログをツイートしているのだが、それを見る人は1万人いても、反応するひとは10%でさらにクリックしてブログを読む人はホントにごく僅かなのである。
 これは私のブログだけではなくて、世の中の一般の情報発信、すべてに共通して言えることで、情報発信してもなかなか読んでは貰えないのが、実情なのだろう。
 そんなことを言いながらも、現役時代から『情報発信・広報活動』には関心があって独自の仕組みで対応してきたのだが、現役引退後の今も『私独自のシステム』を創って、 毎日何らかを発信し続けている。
 『継続は力』などというが、何か『趣味のレベル』になっているような気もするが、まあそれもいいかと思っている今日この頃である。
 ツイッターの新しいツールを発見して、何となくホッとしているのである。

コメント (2)

里山公園のあじさい

投稿者 : rfuruya

 

★里山公園、『次はあじさい』と言われていたので、行ってみた。
 あじさい、梅雨時の花で、季節を感じる花である。
 『原産地は日本』で海外で改良されたものを『西洋あじさい』というらしい。
 紫陽花 と書き如何にも日本の花らしい。
 この公園、田中義好ご夫婦が三木市から土地を借りられて、桜やあじさい・松などを小さな苗から、一本づつ大事に育てられている。
 あじさいの名所は、日本にも多いが、こんなに沢山の種類が1か所で見られるのは珍しい。
大きいものは、もう何年も経っている。
こんなあじさいは、初めて見たような気がする。
 斜面に、何年も掛かって、見事に育てられている。
前回はこんな桜の時期にきた。
 
 場所は、緑が丘の西側、
  
西へ下っていく坂道の左側である。
 
 今からが、見ごろだろうから、お近くの方は一度足を運ばれたらいい。
2019年6月8日

道路と私

投稿者 : rfuruya

 

★『高速道路と自動車』という情報誌がある。
 道路の専門家や大学の先生がたが執筆されていて、その目次を見ても非常に高度な内容になっている。
 そんな情報誌から何故か3月に執筆依頼があって、私はどうも放っておくのは嫌な性分なので、すぐ原稿を書いて送ってあったのだが、忘れたころにその6月号が送られてきたのである。
  
 『道路と私』というテーマで、こんな書き出しでご指定の文字数で2ページに纏めている。
   
★こんな書き出しでスタートしているのだが、送られてきた情報誌の随筆を読み返してみても、私は一般の方よりは『道路』にはご縁があって生きてきたのだなと思う。
私はこの情報誌の母体である「高速道路調査会」がスタートした同じ年度の昭和32年に川崎航空機に入社し、昭和35年に新事業として二輪事業をスタートさせた当初からカワサキの二輪事業に従事し、主としてマーケット分野の担当をしたのだが、二輪事業は四輪とはちょっと違った販売店網を通じての「ネット販売」なので、各国に点在する販売店訪問の機会も多く、自らクルマを運転して「世界の道を走る」ということが多かったのである。
運転免許を取得したのは、昭和40年6月の27歳の時で、この年の7月に名神高速の西宮ー小牧間が開通したので、私の車の運転は高速道路と同時に始まったと言ってもいい。二輪のレース担当だったこともあって、鈴鹿サーキットに通うために西宮から栗東までの名神高速道路を毎月のように走っていた。
未だ免許を持ってる人のほうが少ないようなご時世で、高速道路を走ったことがある人など少ない時代だったのである。
昭和42年(1967)からは東北6県の担当となり、広い東北6県を車で走り回っていた。ただ当時の東北の峠越え道は、その殆どが未舗装の砂利道で、むしろ雪が降った方が走りやすいデコボコ道だったし、日本の道路舗装率は15%ぐらいでしかなかった。そんな日本の道路も昭和44年(1969)に東名高速が出来て以降はどんどんよくなって、「高速道路の快適さ」を身に染みて感じた、私自身はそんな世代なのである。
●東名道路が出来たちょうどその年には川崎重工・川崎車両・川崎航空機の3社合併があって川崎重工業となり、カワサキの二輪事業もアメリカ・ヨーロッパ・東南アジアなどの海外市場での展開が主流になったので、世界の道を走る機会にも出会うことになったのである。
海外出張は、国際免許でレンターカーを借りて、自らクルマを借りて販売店を訪問するのが殆どで、アメリカのハイウエーは勿論、ヨーロッパの各国、ドイツのアウトバーンもスペインのジブラルタルからのあの海岸線も、イギリスなども、東南アジアではタイ・インドネシアの各国も、アフリカのナイジェリアの田舎道も、ラゴスのビックリするような渋滞も知っているし、どこの国でも結構長い距離の運転を経験している。
 日本の国内も沖縄以外は全県自分でハンドルを握って運転しているし、海外での走行距離も相当なものなのである。
そんな世界の高速道路や道を走ってみて、世界の道というのは「無料」というのが普通で、高速道路にお金が要るなどというのは日本だけの特有なものかも知れない。
 アメリカではハイウエイとは言わずにフリーウエイだし、一般道路との違いは自動車が走る速さではなくて、道路の車線の数だと思ったほうがいい。
 アメリカのフリーウエイは片側7車線もある広い道が続いている。速さで言えば延々とますぐな道が続く地方の片側2車線の5号線などのほうが渋滞がなくてむしろ快適なのである。
 ドイツのアウトバーンで一番印象に残っているのは、運転マナーの良さである。自ら走るスピードごとにレーンの選択がなされていて、内側からの追い抜きなどは皆無である。こんなマナーの良さがスピード無制限を可能にしているのだと思った。
 そんなドイツのマナーの良さに比べると、アメリカも日本も運転マナーがいいとは言えないように思うし、昨今の日本での「あおり運転」などは論外と思ったりする。
●二輪事業に長く携わってきた当事者の立場から、二輪車と日本の高速道路や一般道との関係も述べていて、「二輪車」は省資源・省エネな製品だし、何よりも道路の占有面積は四輪に比べると圧倒的に少ないし軽いので、道路の負担も小さい道路にとっては「優しい製品」だと思っているのだが、率直に言わせて頂くと、高速道路も一般道もその殆どが四輪車をイメージして造られていて、道路設計に二輪車に対する想定とか仮説みたいなものは、ほとんどないのが現実なのではと思ったりする。
高速道路での「二輪車の二人乗り」が認可されるまでなかなか大変だったのもよく解っているし、高速道路の二輪車の料金が軽四輪と同じだという不満があるのもよく承知しているとも述べている。
 そんな二輪業界の中で、私自身は今もなお二輪車とは何かと関係して生きていて、この随筆に出会うきっかけになったのも、「二輪文化を伝える会」やそれを支援している「NPO法人GoodTimes」のウエブサイトがご縁で繋がったのである。
★ホントにご縁があって、いつも思っていることが語れてよかったなと思っている。
高齢者の事故など、道路上では毎日、いろんなことが起こる。
 道路をいま占有しているのは間違いなく『自動車』なのだが、道を歩く『歩行者』にとっても『二輪車』にとっても、優しい道路行政であって欲しいと願うものである。
2019年5月20日

信州・群馬への2泊3日の旅

投稿者 : rfuruya

信州・群馬への2泊3日の旅

2019-05-20 09:21:56 | World Good Riders Association

★この週末は『信州・群馬への2泊3日の旅』でした。

最高の仲間たちと一緒の楽しい旅でしたが、ムツカシク言うとNPO The Good Times としての公式行事の一環だったので、山本隆理事長も登山道夫事務局長も参加されましたし、私も参加することになったのです。

安中市の交通安全週間の行事に参加して、警察署長さんからこんな感謝状を頂いたりしました。

 

 

全国二輪文化協会吉田純一会長も参加されましたし、一連のイベントの主催者は金井紫朗さんです。

 

 

茂木英子安中市長も参加され、サイドカーに乗られての市内パレードにも参加されたのです。

 

 

私もそのパレードにはカワサキのサイドカーに乗せて頂いての参加だったのです。

 

 

 

 

 

『自動二輪交友会』の方たちのいろんなバイクに加えてKGRA(KAWASAKI  GOOD RIDERS ASSOCIATION) のこんなメンバーたちが、この安中市の行事に参加したので、感謝状を頂いたりしたのです。

いろいろとご配慮いただいてバイクの先頭を走ったのがカワサキでしたし、その一番前を全国二輪文化協会でもご活躍の川崎由美子さんが走られたのです。

 

 

そしてこの一連の行事の主催者の金井紫朗さんがNPO The Good Times の二輪関連部門 WGRAの団体会員に参加されて,この行事に参加された500名に近いメンバーを『浅間GOOD RIDERS CLUB』会員として認定されたのです。

 

これは私に頂いた会員カードです。

 

 

今回の行事をスタートとして、今後どのような展開になるのかが楽しみです。

 

★ 5月17日の朝9時に三木のGOOD TIMES PLAZAをレンタカーでスタートしてこんなルートで軽井沢まで。

 

 

途中三好礼子さんのお店に寄ったりして、

 

 

1日目は軽井沢のケン鈴木ご夫妻経営のシルバーストーンで本当に楽しい一夜を過ごせました。

 

 

ケン鈴木さん、トーハツをスタートに、BS でもレースチームに関係されて、最後はカワサキのヨーロッパでのGPチーム運営を担当されました。

当時カワサキでUKやレースを担当されたのは、メグロからカワサキに来られた故内田道夫さんです。私は特に内田さんとは親しかったし、密接な関係もありましたので、ケン鈴木さんとはそんな昔話に華が咲いたりしました。

 

ケン・鈴木さんとも、今回の主催者のイベントの主催者の金井紫朗さんと、今回参加のメンバーたちが初めてお会いしたのは、2011年3月に明石で開催された『カワサキの想い出そして未来』なのです。

このイベントを主宰された平井稔男さんは今回は参加されなかったのですが、そんなイベントがきっかけで、いろいろと発展するものだとホントに感慨もひとしおです。

私がいまFacebook  のトップページに使っているこの写真がその『カワサキの想い出そして未来』の中で撮ったものです。

 

 

この写真のメンバーたちは、カワサキに関係があった方たちの他、ホンダ・スズキ・ヤマハ・ブリジストンなどメーカーを越えた集まりになっていて、田中隆三さんはこの会でBS当時関係のあったケン・鈴木ご夫妻とも会われているのです。

この会に今回の主催者、金井紫朗さんも来られていたとは、実は今回の旅で初めて知ったのです。

NPO The Good Times の基本コンセプト『異種・異質・異地域をみんな繋いでいい時を過ごそう』の通りの展開となっています。

 

今回の2泊3日の旅の詳細は、また別途纏めますが、こんなことで私もこんな公式行事もあるイベントに参加できて本当に喜んでいるのです。

金井紫朗さん、本当にありがとうございました。

 

 

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

★ Instagram です

★会員さんのブログです。更新されるとすぐ載ります。

★50万人フォロワーのいる公式ツイッターです。

雑感日記のEnglish Version です。

 

 

 

 

 

 

 

2019年5月14日

庭 雑感

投稿者 : rfuruya

 

★家と庭と書いて『家庭』という。

そういう意味では、庭はなかなか重要な要素なのだが、最近の都会のマンションには庭はないのが一般的である。

私自身は、何故か庭は好きで、特に魚がすむ池は、こどもの頃から好きだった。

念願の自分の家を持った時にも小さなガレージの下を池にして、これは今でも残っている。

 

一時は小さな庭、いっぱいに結構、本格的な池を造って鯉を飼っていたのだが鯉ヘルペスで全滅して、池は埋めてしまったりした。

 

いま思うと、ちょっと残念だったなという思いが強いのである。

こんな池もそうだが、我が家の庭は、戦前から明石の本家に出入りしてた『庭師』の藤本さんが独りでコツコツと作ってくれた庭で、私は池以外は全て任せきりで出来た庭である。

藤本さんは私よりちょっと上だったが、『私は造園屋ではない』が口癖で『花や実のなる木は邪道』だなどと言って、すべての樹を自分で選んで何年もかかって植えてくれたのである。

そんな木の中の一本が『五葉の松』だったのである。

ガレージ廻りの石組みをお願いした時に、言われた金額の他にちょっと『ご祝儀』を包んだら、そのお礼にと持ってきてくれた『五葉の松』である。

 

こんな盆栽風の立派な松だったのだが、昨年あたりから元気がなくなって、とうとう今年になって枯れてしまったのである。

 

 

樹も生き物だから、結構枯れるのである。

もうこの家に住んで50年近くになるのだが、柘植も2本枯れたし、もみじも、そのほか何本かは枯れてしまった。

藤本さんが来られなくなってからもう何年もになるのだが、私が定年になって『バラ』をやり出してから我が家の庭も年々様変わりしているのである。

表の丸い柘植が植えられていたところは全部薔薇にしてしまったし、玄関の横の立派な柘植が枯れた後には、みかんと柚子を植えている。

アメリカハナミズキも苗から育てて今年は立派に花を咲かせたが、若し藤本さんが見たら、様変わりした庭を見て嘆くかも知れないのである。

 

★昨日は五葉の松が枯れた後には、全然異質な花も咲き実もなる『さくらんぼ』を植えたのである。

これも苗から育てて今年で3年目だが、今年は少しだけだが実をつけたのである。

食べてみたら結構いけるので、正面に持ってきて少し大きく育ててみようかと思っているのである。

実のなる木』もみかん・柚子・さくらんぼもあるし、ブラック・ベリーもいっぱい成る。

ひょとしたら今年は3年目の『葡萄』が実をつけるかも知れないのである。

鯉などのいる日本庭園の趣もいいのだが、現実に実が成ったり、花が咲いたりするのはなかなかイイ。

 

5月中旬、薔薇が咲き始めている。

 

 

 

 

そんななかに『さくらんぼ』が新たに仲間入りをしたのである。

 

 

五葉の松を抜いて、鉢から さくらんぼを植えかえたのだが、元気に大きく育つだろうか?

来年の5月が楽しみである。

 

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

★ Instagram です

★会員さんのブログです。更新されるとすぐ載ります。

★50万人フォロワーのいる公式ツイッターです。

雑感日記のEnglish Version です。

 

 

 

2019年5月8日

さつき  雑感

投稿者 : rfuruya

 

★5月5日 こどもの日、5月を『さつき』という。

ちょうど、このころ私の住んでいる三木市では『さつきの花』が咲き誇る。

咲き誇る』と表現したいほど、市内には『さつきの花』がいっぱいなのである。

 

 

あまり知られてはいないのだが、『さつき』は『三木市の花』なのである。

ネットを探していたら、こんな記事が見つかった。

昭和46年6月1日に市の花として制定』とある。

昭和46年とは1971年だから、もう50年近くも前のことなのである。

 

 

今も、そのまま『三木市の花』となっているのだろう、三木の市内の道には、延々と『さつき』が植えられているのである。

ただ、『さつきとひらど』は同じなのか、違うのか?

三木市内の道路わきに植えられているのは、所謂『ひらどつつじ』なのだが・・・・

 

ちょうど、5月の連休の時期にその盛りを迎えるのだが、不思議なほど『綺麗に咲いているところ』と『そうでもないところ』があるのだが、これは『手入れの仕方』なのだろうか、『植える場所の陽当たり』などの環境なのだろうか?

毎年、不思議に思っているのである。

そんな、三木市の沿道の中で、『我が町緑が丘から青山への通りのさつき』が一番見事なのである。

写真を何枚か撮ってきたので、ご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは、三木総合防災公園の『さつき』だが、同じ場所に植えられているのに、その咲き方が、不揃いなのである。

 

 

 

神戸の相楽園は有名だが、こんな感じのようである。

 

 

手入れもあるのだろうが、やはりそれなりの年月が必要なのかも知れない。

 

緑が丘近郊の『さつき』もなかなかのものだと思っている。

緑が丘は開発されてもう40年過ぎているのだが、防災公園もその他の道筋は、比較的新しい植栽なのである。

 

いずれにしても、5月の連休時は毎年『綺麗なさつき』を楽しめるのはいいと思っているし、この花を見ると5月だなと思うようになっているのである。

桜の開花はその時期が年によって違ったりするのだが、『ひらどつつじ』は毎年5月の連休になると一斉に咲き誇るように思っている。

その5月の連休も、もう終わりに近い。

 

 

 

 

昭和を55年、平成を31年、令和を3日生きた、感想

投稿者 : rfuruya

 

★振り返ってみると『昭和を55年、平成を31年、そして令和を3日』生きて今86歳である。

私は自分の考え方を『ずっと文字に残して』生きてきた。

20歳から日記を書いていることもあるのだが、19歳の時に、父を亡くしてしまったのだが、生前『男は自分の言ったことには責任を持て』と言われて、それを頑なに守っているのである。

あの時言った意味はな・・・』などと弁解する人もいるのだが、そんな言い訳はしたくなかったし、ホントに間違っていたら『ちゃんと謝るべき』だと思っていて、現役時代の自分の考えもすべて文章で残して公にしているのである。

日記もそうだが、ネットの世界でもその殆どが『自分の思ったこと、感じたこと』を書いている。

このブログも、そんなことから『雑感日記』と名付けているのである。

 

昭和8年(1933)に生まれてからの自分の人生をこのような表に纏めている。

20歳以降は、日記から纏めているので、まず間違いないのである。

 

● 1ページ目は、39歳まで、まだまだ若かった『昭和の時代』である。

学生時代は野球ばかり、川崎航空機に入社してからは、IBMや、レースや、東北の仙台事務所など、引き継ぎなど一切ない新しいことばかりがやれて、39歳ごろは二輪業界で初めての特約店制度に取り組んでいる。

 

 

● そして2ページ目は、1989年までが『昭和の時代』、このころはカワサキの二輪事業は非常に厳しい時期だったが、何とか乗り切れて、1990年代に『平成』を迎え、2000年からは定年後の生活が始まっている。

 

 

 

● 新しく『令和』を迎えて、実は昨日このように『新しい3ページ目』を書き足したのである。

 

 

2033年(令和15年)までの表にしたのは、この年を若し迎えることが出来るなら、ちょうど100歳なのだが、『何とかなるかな』とも思っているのである。

父は52歳でなくなったし、伯父も50代後半でこの世を去ったのだが、祖母は102歳まで生きたし、母は103歳まで生きたので、若しそんなDNAが少しでもあると、『100歳までは大丈夫』かも知れないのである。

 

 

★それは兎も角、『昭和の時代』は、目まぐるしく変わった経験をして生きた時代だったな、と思っている。

昭和20年の終戦までは一言で言うと『お坊ちゃま』で育ってきたと言えるだろう。人生で一番豊かな暮らしをした時代なのである。

たった1枚だけ残っている『父と私のツーショット』である。

未だ小学校前だが『お坊ちゃま然』としているのがお解りだろう。

 

 

13歳で終戦を迎え、引き揚げてきてからは、それまでの生活とは全く違った人生を歩んだし、ホントに沢山の経験をしたのだが、それを別に『苦難』などとは思わずに、『楽しんで過ごす』ことが出来たのがよかったのだと思う。

中学・高校・大学そして川崎航空機に入社、新規事業の単車事業をその当初から担当できて、先輩から教えて貰うというような人生ではなくて、私だけでなくみんなが自分で『切り開く人生』だったことが幸いだったと思っている。

昭和が終わるのが57歳の時なのだが、『昭和の人生』は、一言で言うと『非常に苦しかったが、ホントにオモシロかった』のである。

常に『激動しながら変化し、且つ成長し続けたた時代』で、自分自身も『激動を経験しながら成長した』と言っていい。

 

★改めて、『平成という時代』を振り返ってみると1990年代の始まりとほぼ一緒なのである。

現役最後の10年間で、それまでの経験を生かしての国内市場担当だった。結果としては最高にいい好成績の10年間だったのである。その内容・結果は華々しかったが、結構静かに動いていた。

家庭も、非常に苦しかった時代を過ぎて、二人の子供たちは独立し、相次いで結婚し、孫たちも産まれて、平成という時代はむしろ自分のことよりは、『こどもたちの時代の幕開け』だったのである。

昭和の時代、経済的には苦しかった時代がずっと続いたのだが、不思議なほど『金に執着』はしなかったし、貯金なども一切なかった時代だったのだが、平成に入ると子供たちは独立して、家の借金も完済できて、経済的には豊かな時代だった。そういう意味では、平成の最初の10年は至って静かなスタートだったと言えるのだろう。

 

2000年が68歳、平成12年が、定年後のスタートなのである。

それからでもほぼ20年が経とうとしているのだが、この時期になってまた不思議なほど『躍動』しているのである。

それは一言で言うと、『ネットの世界との出会い』であったし、もう一つは『孫との関係』だと言っていい。

パソコンを覚えたし、ブログ・ツイッター・Facebook・Instagramと次々に出会って、結構ハマってしまったし、NPO The Good Times なども立ち上げて、なかなか『忙しかった』のである。

男の子ばかり4人の孫たちも、既に3人は平成の時代に育って成人したし、それを『見守る』というよりも『一緒に行動した』ことも楽しかったのである。

 

★そして『令和』が始まった。

未だ3日しか経ってはいないが、果たして何年生きれるのだろう?

この3日間、欠かさずジムに行って、トレーニングもしたし『ダッシュ』もした。いま一番『このまま続けたい』と思っているのは、この『50メートルダッシュ』なのである。『ダッシュ』は筋力がないとダメだと思う。その筋力を維持しさらに強化する目標はなかなかいいと思っている。この2年間ジムに行きだして、体重は一向に減らないのだが、体脂肪は減ったし、『基礎代謝は1500台から1600台に増えた』のである。

これを『一つの目標』にしようと思っている。

 

孫たちはそれぞれが、『自分の人生』を歩み始めるだろう。

昨日、新しく創ったこの表に毎年1行どんなことが刻まれていくのだろう?

令和元年の行には、5月17・18日に開催される群馬県の二輪イベント『浅間GOOD RIDERS CLUB 』が既に記入されている。

 

 

これはひょっとしたら『大きな展開』のきっかけになる可能性を秘めたイベントなのである。

そうなって欲しいと切に望んでいる『令和の3日目』なのである。

 

 

 

2019年5月5日

新時代『令和』を迎えて

投稿者 : rfuruya

 

★ 平成の31年が終わった。

 

 

昭和の時代は、昭和20年は終戦で、昭和32年に川崎航空機に入社して、昭和48年にZ2が発売されてと『昭和の年号』でその当時を思い出すことが出来るのだが、平成の時代は『西暦』のほうがアタマに入っていて、『平成の年号』で語れるのは『平成31年』だけかも知れないのである。

そういう意味では『西暦』が一般的になったのだが、次の時代『令和』が発表されてから俄然『平成』も言われるようになったのである。

 

 

 

★ そんな新時代『令和』が始まった。

ネットの中でも、いろんなニュースなどが飛び交っている。

平成の幕開けにはこんな『華々しさ』は全くなくて静かに始まったように思う。

 

 

令和元年』 私は齢86歳である。

そういう意味では、『令和5年は果たして迎えられるだろうか?』と思わねばならぬ年代なのである。

今までと違って1年1年を、日々を大事に生きたいとは思うのだが、多分今まで通りの生活になってしまうのだろう。

かって何年か前にオリンピックが決まった時は、『東京オリンピックは果たして見れるのだろうか?』と思ったりしたのだが、あと1年先にあるようなことになると、『当然、見ることは出来る』と思うようになるから不思議である。

人間、『いつかは死ぬ』のは間違いないのだが、50代の頃に『未だ、今は死なない』と思っていたのと、殆ど『同じレベル』で『未だ、すぐには死なない』と思っているから不思議である。

 

今欲しいものは?』と言われたら『金や地位や名誉』ではないことは間違いない。

今一番欲しいものは、やはり健康』かな? と思ったりするが、『健康は既に確保』できている。

ホントに欲しいものはない=無欲』の境地にあるような気もする。

 

一番気になるのは、家内の健康』かも知れない。

幸いにして、一応家内も元気で、家の中のことは私は一切せずに『生きていけている』から、自分のやりたいことが自由に出来ているのである。

あと何年『新しい令和の時代』がいまのままの環境で続くのだろうか?

そういう意味では『令和の時代』に外に求めることは何もなくて、後期高齢者二人がそれぞれ『自ら努力して』いまの生活をどれくらい長く維持できるのか?ということなのかなと思ったりしている。

 

新しい時代を迎えたからと言って、そんなに『ムツカシク』考えずに、今まで通り『自然に生きる』のがいいのかも知れない。

人間、夫々その人に備わっている『運』みたいなものを持っているので、『なるようにしかならない』のかも知れない。

新時代「令和」を迎えて』もう少しかっこいいこと言おうかと思ったが、結局『何もない』ようなのである。

 

その第1日目は、朝8時半に三木総合体育館のジムに行って、トレーニングして、3キロぐらいスロージョッギングを30分、50メートルダッシュを6本ぐらいして、そのあとプールで泳いだら、まずは午前中は終わってしまうのである。

午後は、『何をする』ことになるのだろうか?

 

 

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

★ 今年4月に始めた Instagram です

★会員さんのブログです。更新されるとすぐ載ります。

★60万人フォロワーのいる公式ツイッターです。

雑感日記のEnglish Version です。

 

 

 

 

三木緑が丘 里山公園

投稿者 : rfuruya

★三木緑が丘 というと私が住んでいるまちである。

そこに『里山公園』と名付けられた公園があるのだが、多分ご存じの方は限られているだろう。私も昨日初めて知ったのである。

ジムに行くとき八重桜が見えたので、帰りに寄ってみたのである。

公園と名付けられてはいるが、三木市から土地を借りて、高齢のご夫婦が10数年掛けてお二人で創り上げたというのである。

そのご夫婦にいろいろ伺って、『広報しておきますから』とお約束したものだから、ちょっとご紹介しようと思っている。

多分、このブログに『三木緑が丘 里山公園』でアップしておけば、検索すれば、今後は現れるはずなのである。

 

まず場所は、この『里山』と表示されたところで、

 

 

りんどうの里』に向かって下っていく、こんな坂道の左側である。

 

さりげなくこんな小さな看板があり

 

 

八重桜 見頃です』と書かれている。

確かに、いま見ごろで、50本ほどの八重桜が綺麗に咲いている。

黄色い花は山吹で、もう少し経つと『あじさい』の季節になるという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お二人の高齢の方の姿があって、手入れをしておられるようなので、声を掛けてみた。

ご夫婦お二人で』この公園を創り上げているという。 この八重桜も植えて15年ぐらい経つというのである。

お二人だけでですか?』というと『そうだ』と仰る。

ご主人が主役のようだが、ちょっと話掛けた時は『気難しい方』だなというのはすぐ解った。然し『気難しい方』とすぐ仲良くなるのは私の特技である。

話をしているうちに、打ち解けていろいろ聞いてきた。

仲間を集めると、なかなか話が合わないので、独りで好きなようにやっている』と仰るのである。

何人かが集まると必ず違う意見が出るから』と言われていた。

ホントにご自身が好きなようにおやりになっているようである。

 

道具もこんなにいっぱい揃えておられるし、

 

 

水も自然からこのように 上手に調達されている。

 

 

はじめは話しかけても、そっぽを向いておられたが、

 

 

そのうちに、ご夫婦でカメラにも収まって、

 

 

緑が丘の西4丁目の『田中義孝』ですと、ちゃんと名前を教えて頂いて、この道沿いにある『松の木』のこともよろしくと言われたのである。

確かに高齢ではあるのだが、私よりは10歳ほどお若いのである。

緑が丘から下っていく道の両側には、『松の木』が植えられていて、それが全て見事に剪定されているのである。

世の中には、立派な方もいるものである。

その松も、この八重桜も、あじさいもその他いろいろみんなご自身で苗から育てていると仰るのである。

土地は、三木市役所が無料で貸与してくれているようだが、年々立派な公園に育っていくだろう。

 

八重桜は、50本もあるだろうか。

ホントに今、見ごろなのである。

 

ちょっと動画を撮ってきた。1分に纏めてあるのでご覧になればいい。

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm35043784

 

    

 

 

この10日間の連休のうちが、ホントに見ごろだと思う。

山吹も綺麗だし、テントや椅子などもある、ホントに手作りの小さな公園なのである。

 

★NPO  The Good Times のホ―ムページです

★ 今年4月に始めた Instagram です

★会員さんのブログです。更新されるとすぐ載ります。

★60万人フォロワーのいる公式ツイッターです。

雑感日記のEnglish Version です。

 

 

 

 

 

2019年3月14日

最近の私の日課

投稿者 : rfuruya

★ 私は結構決めたことは守れる性格で、最近の日課は、午前中はジムが中心なのだが、ジムやプールに来ている常連の人たちの行動を見ていると、私以上に『きっちりと決まっている』とも言えるのである。

極端に言うと、それは『分単位』で決まっているから不思議なのである。

何事も続けようと思ったら、それなりにきっちりと形を整えなければいけないのかなと思ったりして、いろいろと考えているのである。1月末にスマホを買って、毎日の『歩数』が表示されたりするものだから、余計にちゃんとやろうと思うのかも知れない。

今までも大体決まってはいるのだが、もう少しきっちりと決めようかなと思ったりしているのである。

どのようにでも『スケジュール化』することが自由に出来る『最高の身分』だから、そんなことも考えられるのである。

 

 

★1週間の内、外からの予定が入れば、それを優先するのだが、そんな予定以外は、木曜の体育館の休みと日曜日以外は、三木市の総合体育館に行くことにしている。そのうち月・水・金の3日間は『ジム+ランニング+水泳』のフルコースで、火曜日と土曜日は『ジム+ランニング』だけなのだが、ここまでは今でも守れている。

ジムは8時半に始まるのだが、家を8時15分に出ると大体間に合って、ジムにも1番から5番目ぐらいには入れるのだが、この辺りに来るメンバーは毎日決まっている顔なじみばかりである。

ジムでのトレーニングの順序などは、私はいい加減なのだが、他の人たちは大体やることも順番も決まっているので、私も幾らかちゃんと順番なども考えてみるか? と思いだしたのである。

そのきっかけは、昨日囲碁を打ちながら聞いていた『テレビの番組』で、風呂の入り方を結構長い時間やっていて、そんなに確りと観ていた訳ではないのだが、アタマに残っていることを列挙すると、

● 毎日風呂に入る人のほうが、入らない人よりは健康にいい。

● 風呂の温度は、42度などではなくて、40度がいい

● 半身浴などではなくて、肩まですっぽり入るのがいい。

● 入る時間は、10分間がいい。

● 身体を洗う場所は、『背中』を刺激するのがいい。

そのほかにもいろいろ言ってたが、風呂に入るだけでもこのように細かくやれば健康にいいのなら、ジムなどもそれに沿ってちゃんとやってみるかと思ったのである。

 

★私のフルコースの時の時間割は、

8時15分家を出発、

8時半に体育館入館、

8時35分前後にジムに受付、そこで約50分ほどトレーニング

9時25分ごろからは2階のランニング・コースを約30分走り、

10時からオープンなので、10時5分から10時40分ぐらいまで、プールにいてシャワーなどして

11時ごろに体育館を出発、

11時15分には家に戻っている。

ジムの器具の使用時間は1器具10分間と決められていて、今でも10分単位で動いているのだが、プールだけはそんなにスケジュール化されていないのである。

そのプールでは、まずジャグジーで汗を流すというか体を温めて、温暖室でストレッチをしてあとはプールで泳いでいたのだが、まず入るジャグジーで、昨夜見たテレビの入浴法を適用しようと思ったのである。

ジャグジーの温度は多分40度だと思うので、その時間をちゃんと10分にして、肩まで入り背中に刺激が行くような位置取りにするといいと思ったのである。

そのあと温暖室でのストレッチは今まで通りでいいのだが、ここまでは時間で大体10時20分か25分になるのである。

それ以降のプールでの泳ぎも『いい加減』だったのだが、昨日は子供用の小さなプールが縦12.5メートルで、25メートルの半分なので、これを『平泳ぎ・クロール・背泳ぎ・バタフライ』の4種を4回か5回やると、ちょうど200~250m 泳いだことになり、大体15分から20分の間には十分納まるのである。

そんなにちゃんと泳げるのか?と思われるかも知れぬが、結構ちゃんと綺麗に泳げるのである。

ちょっと難しいバタフライも、子供用の浅いプールのほうが、水の反射が強くて泳ぎやすいのである。

そんなことで、昨日はプールの時間割を、10時5分に入り、10時15分までジャグジー、10時20分過ぎまでストレッチ、そしてこども用プールで、4種を4セットしたら大体10時40分になって、体育館に入館して約2時間体を動かしたことになるのである。

 

これくらいやって、プールの秤に乗ったら79キロぐらい、80キロを割るのだが、昼飯を食い、おやつなど食って夕方家の秤に載ると80キロをちょっと上回って、未だに70キロ台は記録しないのだが、こんなスケジュールを確りと決めて、より内容もきっちり決めていけば、効果があるかなと、思ったりしているのである。

思うだけでなく、こうしてブログにアップしておけば、幾らかは励みになるかなと思っているのである。

兎に角、プールでのスケジューリングが出来てよかった。

 

広い駐車場だが、結構な車が止まっている。

昨日は、朝から野球の試合をやっていて、いつもより車は多かったのである。

ただ、今日木曜日は、体育館は休館日で休みなのである。

 

団体会員プロジェクト

  • World Good Riders Association
  • 燦々sunsun
  • 孫文を語る会
  • 二輪文化を伝える会
  • KAWASAKI Z1 FAN CLUB
  • シーズカンパニー「リモア友の会」
  • e-音楽@みき
  • ベストコレクター友の会
  • カワサキZの源流と軌跡 - 三樹書房

団体会員リンク

  • ボランタリー活動プラザみき
  • e-音楽@みき
  • 緑が丘子ども会
  • グリーンピア三木
  • 神戸市立フルーツ・フラワーパーク
  • ホシノインパル
  • 船場
  • SEAZ COMPANY
  • カワサキマイスター
  • JSP明石
  • インターナショナルトレーディングムラシマ
  • スポーツイン
  • 忍者
  • 紙の単車屋
  • ハルタ
  • YRS 山本レーシングサービス
  • 株式会社 武雄タクシー
  • 月木レーシング
  • ノヴァエネルギー
  • インナー通販.com
  • ライオン屋本店
  • 三木さんさんまつり
  • 三木セブンハンドレッド倶楽部
  • ベストコレクター
  • エクステリア風雅舎
  • cafe' かのん
  • 【光削】AIネットワーク
  • 三木アネックスパーク
  • バイクショップTODA
  • TRカンパニー
  • バニービーチ
  • モトビークル-松島企画
  • オレンジワークス
  • 吉野歯科診療所
  • SUZUKI design - DENICO
  • 山本医院
  • 仔猿-CKデザイン
  • スクーテックジャパン株式会社
  • 株式会社北海製作所
  • リアライゼイション
  • 兵庫メグロ販売株式会社
  • 伽耶院
  • 株式会社キッズ
  • はっぴいえんどプロジェクト
  • 有限会社橋本漆芸
  • TONE BLUE
  • プロショップKIYO
  • ホーリーエクイップ
  • 株式会社零カスタム
  • フォレスト・ホームズ
  • いとうともひさ
  • DANTHREE
  • 放射能ウオッチャー
  • メディアゼロ:カスタムインフェクション
  • Miyako Hybrid Hotel
  • 有限会社 小金井美装
  • WITH ME PROFESSIONAL RACING
  • 孫文を語る会
  • SSS進学教室 緑が丘教室
  • MJP株式会社
  • モトショップシロタ
  • SR400 500 SNS
  • 池田うららプロジェクト
  • 公共の交通ラクダ(RACDA)
  • 二輪文化を伝える会
  • NPO法人発達障害をもつ大人の会
  • 菊水鮓西店
  • きっとウマくいく輪
  • O's Organizational Synergy
  • 72.姫路カワサキ
  • 73.菊澤デザイン事務所
  • カワサキZの源流と軌跡 - 三樹書房
  • ヤマダホーム有限会社
  • うはら特許事務所
  • テラモーターズ
  • AT HOUSE, Inc
  • World Good Riders Association
  • LIME GREEN FAN CLUB
  • 株式会社モリワキエンジニアリング
  • 燦々
  • キッズサポートクラブ
  • 仮面舞踏会
  • 山百合サポートセンター
  • KSSR 神戸スーパースポーツレーシング
  • 神姫興業株式会社
  • 浅間 RIDERS CLUB

リンクはご自由にどうぞ。このリンクバナーをご利用下さい。
ザ グッドタイムス