2021 6月

2021年6月30日

KAZE の 仮説と仕組み   雑感 

投稿者 : rfuruya

★ KAZEの機関誌・276号が送られてきた。
 私はいまも 現役のKAZE会員 なのである。
Kawasaki Amusing Zone for Everybody  その頭文字をとってKAZEという
 
当時の各社のユーザークラブはHART も YESS もそうだったし
カワサキの正規特約店ARK (Authorized & Reliable shop of Kawasaki)
と言ったりしていた。
そんな言い方が流行った時代だったのだろう。
 KAZE もARK も私が国内担当時代のスタートだが、
 それは1988年のことだから33年も前のことなのである。
      
今月送られてきたKAZEの機関誌は、
若い頃・仙台で東北6県を担当してた頃の『三陸の海岸』や『蔵王の山々』などの想い出いっぱいの記事が載ってたので、
何となく現役時代を思い出したのである。
 特に蔵王は山形県側でモトクロスがあって、
 山本・歳森・岡部・梅津・星野たちと この蔵王の道を走ったので、
 本当に懐かしいのである。
★33年経つとKAZEの機関誌も立派になるものである。
 今は全てのページがカラーになった。
 1988年の一番最初は、こんな立派な機関誌ではなくて、
 寄せ集めのバラバラの記事を封筒に入れて当時の特約店ARKに送ったのが最初なのである。
 当時はHART やYESSなど各社にユーザークラブもあったのだが、
 いま残っているのはKAZEだけなのである
 なぜ、KAZEだけが残ったのか?
 『年会費3000円を頂く会員カードは、JCBカードとの提携にしよう』という私自身の発案が寄与しているのは間違いない。
 なぜ、そんなことを考えたのか?
常に仮説と仕組み』で物事を考える私の発想によるものだが、
 それはどんな仮説だったのか?
 
  当時、ホンダさんのHARTは、公称10万人の会員と言われていたのだが、『そんなにいるはずはない』と私は思っていた。
 年会費を取る限り、1年後には必ず期限が来る。
10万人も会員がいたら1ヶ月に1万人近い会員の期限が来るのだから、
その月に1万人を集めない限り10万人は維持できないはずである。
そんなことは如何にホンダさんと言えども無理だ と思ったのである。
 後でお聞きしたらHARTの会員の『延べ人数』だったのである。
 KAZEの会員カードをJCBカードにしたら
止め難いはずだ』という仮説でJCBと提携をしたので、
 カッコよさもあったが、実質的な会員確保対策だったのである。
その後の実績は、期限が来ても止める人は10%で、90%は自動更新だったから、実質的に最高55000人まで増え続けたのである。
   
★ 私の物事に対する取り組みは常に『仮説』からスタートして
 『仕組みで仕上げる』ようにしている。
 33年前のユーザークラブKAZEの発想もそんな仮説と仕組みで成り立っている。
 今は何人の会員さんがいるのだろう?
 その機関誌も立派にはなったが、基本的な仕組みは33年前と一緒で、
新しい機能』が入っていないのは残念である。
 このスピードあふれる『ネットの時代』に
 現在の二輪の販売網も、販売方法も、KAZEの機能にも、
 もう少し『ネットの力』を利用することが出来ないのだろうか?
 KAZEの会員さんは『for Everybody』で『for Kawasaki』でもないし、
 別に二輪車を持っていなくてもいいのである。
 だから『88歳の私』でも現役会員になれているのである。
 『ネットの力』を利用したら、
 よりオモシロい二輪業界になるのにといつも思っているのである。
2021年6月29日

 髪型   雑感

投稿者 : rfuruya

★ずっと昔から若い人たちは自己主張が強いのか、
 その時代時代を独特の髪型で通してきた。
 でも、今の時代ほど男性の髪型が多様な時代は初めてだと思う。
 髪型だけでなく色も付いている。
 
 そんな中で甲子園の球児たちも『丸坊主』から脱却したようだが、
 それでも強豪校はこんな状態である。
  
 同じ野球選手だが、
 TOPレベルの大リーグの選手たちの『髪型と髭』は独特で、
 昨今では日本の選手にも、何となく影響を与えているようである。
  
 そんな世の中の髪や髭の流行だが、
 なぜか、政治家の世界では旧態依然の旧い髪型なのは何故だろう?
 いみじくも『出馬するならコレです』とある。
 
★ 私自身はこどもの頃は戦時中で『丸坊主』だった。
  中学・高校も野球部にいて『丸坊主』で、
  大学時代は『GIカット』というか『スポーツ刈り』で短かった。
  会社に入社した時もそんなアタマだったのだが、
  何人かの上司に『アタマは伸ばせ』と注意されてそれから伸ばしたのだが
  『長髪』にしたことは一度もない。
  どちらかというと『髪が伸びる』と気持ちが悪くてずっと刈っていて、
  大体こんな髪型で通してきた。
    
     ところが、今年はコロナで散髪屋に行かなかったこともあって、
  正月以来一度も髪を切っていない
  生まれて以来、今が『一番の長髪』なのである。
  いま、こんな感じである。
  
   
   歳をとると『髪の毛が伸びる』のも遅いのか、
   半年で、こんな感じである。
   思ったより『気持ちが悪い』こともないし、
   折角ここまで伸びたから『このまま伸ばしてみよう』かと思っている。
   あと半年、放っておいたらどうなるか?
   88歳にして『人生で初めての経験』を積むのもいいかなと思っている。
2021年6月28日

福井昇くん と さくらんぼ

投稿者 : rfuruya

★ 福井昇くんがやってきて、
 こんな立派な本場山形の『さくらんぼ』を頂いた。
    
 こんなに立派な、綺麗な『さくらんぼ』である。
 
  福井くん 『ありがとうございました
  『さくらんぼ』など昨今滅多に口にすることはない。
★ところで、1985年当時の話だからもう40年も前の話だが、
 Jet Ski はカワサキの単車事業部の商品ではなくて、
 発動機事業部がエンジンを開発・生産し、
 アメリカのリンカーン工場で生産し、KMCが販売をしていたのである。
 それを何とか単車事業本部の正規商品にしようと当時の単車事業部の企画室にいた私と武本一郎さんとで動きかけたのだが、
 当時の単車事業本部にはジェットスキーに乗れる人も、乗ったことがある人もいなかったのである。
 そんな時代に国内で、ジェットスキーのレースに出場していたのが発動機事業本部にいた福井昇くんなのである。
 その福井昇くんを発動機から単車に貰い受けて、欧州市場などの開拓をスタートしたそんなご縁なのである。
 さらに国内市場でのJS専門販売店を創るべく、
 福井昇くんが川重を退社して『JS Plaza 明石』を設立し、
 カワサキJS専門店第1号となってくれたのである。
 現役時代は販売網に関してはいろいろと密接に絡み、私の専門分野でもあったのだが、
 JS販売網については、国内でも欧州でも最初のスタートだったので、特に当時の想い出は懐かしいものがある。
★ その後福井くんとは、ソウルのオリンピック開会式当日のソウルの漢江でのデモンストレーションの時も一緒だったし、
      
退職後立ち上げたNPO 法人The Good Times でも理事で参画してくれたのである。
  
めちゃ多趣味で、ミニSLなども自宅に線路が敷いてあったりする。
これは福井くんと一緒にカワサキワールドに提言して実現した
カワサキワールド主催の『ミニ鉄道フェスタ in 神戸メリケンパーク』での福井昇くんなのである。
   
★ ところで我が家にも『さくらんぼの樹』はあるのだが、
  実が付かないのである。
   
  閑に任せて『福井昇くんのFacebook』を眺めていたら、
  こんな立派な『さくらんぼの樹』をお持ちなのである。
 我が家の『さくらんぼ』と違って実がいっぱいである。
  
 調べてみたら『さくらんぼ』は『1本では実が付かない』というので、
 早速、園芸店でもう1本買ってきて鉢植えにした。
 来年の春の話だが、一応は樹が2本になったので、
 我が家の『さくらんぼ』も来年は実が見られるかも知れないのである
 これも、福井昇くんから『さくらんぼ』を頂いて、
 そのお宅の『さくらんぼの写真』を見て
 そんな気になったのである。
 そういう意味でも『本当に福井昇くんありがとうございました。
2021年6月27日

1年ぶりのジム   雑感

投稿者 : rfuruya

★ コロナのワクチン接種2回目も済んだので、
 三木山総合公園にあるジム・トレーニングを再開した。
 
  昨年の3月以来だから、本当に久しぶりだったのだが、
 ジムに来られてるメンバーは、1年前と全く変わっていない。
 そういう意味では『空間がなかった』ような感じだった。
 炎天下でのスロー・ジョッギングは熱中症の心配もあることもあって、
 7月からはジムで走ろうかなと『ランニング・マシン』を始めて使ってみたのだが、
    
  30分も走ると汗びっしょりになる。
 それなりの効果はあるのは間違いないのだが、
 マシンの上で走ったのでは Fit bit が機能しないのではないか?
 その辺りがよく解らないのである。
 これが今日の記録なのだが、歩数とキロ数は何となく解るが、
 『アクテイブ・タイム=12分』とは、マシンの上には20分以上は間違いなくいたのだが、もう一つよく解らない。
  
 別に気にしなければいいのだが、
 1年間、毎日『6km・60分のアクテイブ・タイム』を目標に走ってきたので、何となく拍子抜けの感じである。
 この二日ほどのジム通いの感想である。
 明日は曇りだと言うので、三木総合防災公園で走ってみたいと思っている。
2021年6月25日

千両・万両 と 『土が見えない庭』

投稿者 : rfuruya

★ 正月の縁起のいい植物として重宝される『千両と万両
 我が家の小さな庭には『千両と万両』がいっぱいである。
    
万両』は植えた覚えもないのだが、最初は鳥が運んでくれたのかも知れない。
その後は種が落ちて、庭のあちこちに芽を出して育っていったのだと思う。
今は何本あるか解らないほどあちこちにある。
 
千両』は園芸店で赤と黄色を買ってきて、『株分け』で増やしていった。
今では20株もあるかも知れない。
  
   正月の墓参りには、花は買わずに『千両と万両』を切っていくことにしているのだが、
 今年はいっぱい実をつけそうである。
 今年は液肥を根元にやっているので、葉の色もいいし、冬の来るのが楽しみである。
★ 庭仕事をしていると、1年中することがあるのがいい。
 今日は『ギボウシ』の株分けをしようと思っている。
 増やし方にはいろいろあるが、『株分け』が失敗もないし一番簡単だと思う。
 このすき間に『ギボウシ』を植えようとしている。
  
 植えたらこんな感じになった。
 1年も経ったら、土が見えなくなるだろう。
 
今年はこんな感じで我が家の庭は土が見えてたところが半減した感じである。
今年中に、『殆ど土が見えない庭』に仕上げたいと思っている。
2021年6月24日

雑感日記   雑感

投稿者 : rfuruya

★『雑感日記』と題するブログを書き出したのは2006年9月だから、
 もう15年にもなる。
 昨日でブログ開設から『5401日』になるようだ。
 一時はいろんなブログを試していたのだが、今はgoo一本に絞っている。
 gooに絞った理由は、いろんな分析が他のブログに比べて
 圧倒的に詳しいからである。
 昨日のブログには773人が訪れて2620ページを見てくれたようである。
  
 スタート以来では、
346万人が訪れて『1256万ページ』を見てくれたというのである。
 これは gooブログの中だけの話なのだが、
 この『雑感日記』はgooのブログだけではなくて、
 Twitterにも、Facebook にも転載するようにしているので、
 特にTwitterでは、50万人を超えるフォロワーがいるので、
 結構な数の人が見てくれるのではと思っている。
  
★ こんな雑感日記だから、
 昨今では、結構時間をかけて自分なりに確り書いている積りである。
 そしてブログ自体をどのように『受け止めて頂いたのか?』というのは
 Facebook のコメントや『いいね』の数や
 特に、どんな人が評価して頂いたのか? は
 Facebookで一番身近に感じていて、
 それが励みにもなっている。
 最近では、『こどもの頃の昔話  雑感』の評価がよかったように思う。
   
★ もう15年も書き続けているブログだが、
 果たしてこれから先何年続くのだろう?
 最後はどのように終わるのだろうか?
 などいろいろ考えるようになってきた。
 毎日の生活の中で、今では結構大きいウエイトを持っている雑感日記なのである。
 最近のネットはよく出来ていて、
 ○○○○○○  雑感日記 と検索するといろいろ過去のブログが並ぶようになったし、
 特に画像検索するといろんな写真が並ぶので『写真のアルバム』のような機能も果たしてくれている。
 『カワサキ 雑感日記』と検索すると、こんな画面が現れるし、
 
 これをクリックされると
 私の雑感日記のいろいろに繋がっていくのである。
 これはなかなかオモシロいから、是非お試しを!
 そんなことで何となく書き出した『雑感日記』だが
 今では私自身のすべてが『そこにある』とも言えないことはない。
 今後も頑張って書き続けたいと思っている。
2021年6月23日

今年の目標の進み具合    雑感

投稿者 : rfuruya
★今年3月に米寿を迎えて、『今年の目標』としてこんな5つを挙げたのだが、
 ゴルフの80台はコロナでゴルフをする機会が無くなってしまったので、
 これは抹消することにした。
★ 1番の毎日6kmのスロー・ジョッギングは殆ど100%やれている。
 コロナのワクチンも2回打ったし、ジムも再開したようなので、
 今週からもう一度チャレンジしてみたい。
 これから暑くなるから炎天下のジョッギング時間を減らす分をジムで補うことにする。
 そんなことで運動の方は大丈夫である。
★『金魚とメダカを増やすこと』については順調に進行中である。
 金魚は10数匹のコドモが育ったので、まだ色は黒いが池に放してやった。
 こんな容器に親メダカが20匹ほどいるが、そのうち数匹が毎日卵を産む
 ホテイ草に産み付けるので、ホテイ草に卵が付いていたら
 
 こんなバケツに移している
 大体1日1個移すので、三つのバケツにいっぱいになるころには、
 最初のバケツの卵は孵って、小さなメダカが泳ぎだしてる。
 卵は延べ250度Cになると孵化するようである。
 25℃の水だと大体10日で孵化することになる。
 メダカが孵化して、泳ぎ出すのを見つけたら、
こちらの鉢に『全部』移している。
小さいので写っていないが、この鉢には100匹ほどのメダカがいる
 そして一部はこんな小さな水槽に移して
 泳ぐ姿を楽しんでいる。
 もう少し大きくなって、数が増えたら池に移そうかなと思っている。
 池に1000匹のメダカが泳ぐことを夢見ている。
★最後の『庭仕事』は昨今ホントに精を出している。
 まずは庭木の剪定だが、毎日切っても切っても葉は増え枝は伸びる。
 今日はこんな三木の剪定鋏を買ってきた。
 1本3000円もするが、非常に切れ味はいいので気に入っている。
 5本も持っているのだが、また新しいのを買ってきた。
 
 ひょっとしたら、コレで最後になるかも知れない。
 ハサミの研ぎ屋さんもあるので、研げば充分使えると思うので、
 一度研いでみたいと思っている。
 庭は地面の土が見えなくなるようにいろいろと植えていきたいと思っている。
 今日は『西洋ニンジンボク』の小さな苗木を買ってきたが、
 成長すると1m以上になるようである。
この辺りが緑でいっぱいになることを期待している。
別に新しく買わなくても、株分けや挿し木で増やしていくことを基本にしている。
そんなに急に完成しなくても、
何年か経つと土の地面が見えなくなることを夢見ている
2021年6月22日

ワクチン2回目接種の副作用

投稿者 : rfuruya

★昨日の夕方5時に2回目のワクチンを接種した。
 2回目のワクチン接種の副作用はひどいからと
 掛かりつけのお医者さんが解熱剤をくれたりするものだから、
 ホントにどうなるものかと心配していたのである。
 今ちょうど丸1日経過したが、何か普通とは違うような気もしないではないが、熱は平熱36度3分で問題はない。
 何か拍子抜けの感じだが、ホッとしているのが実感である。
 『接種当日の入浴は可だが、激しい運動や過度な飲酒は控えて
 とあったので、昨夜は飲まなかった。
★いろいろネットで調べてみた。
 『ファイザー製のワクチ』を接種しているのだが、
 当て嵌まるのは『注射部位の痛み』ぐらいである。
 これは程度問題だが殆どの人が感じるのだろうと思う。
 
一般論だろうが、お医者さんのこんな感想が載っていた。
私の場合も同程度だと思っている。
『接種を終えた人は、1回目の接種時に比べ、発熱・頭痛・倦怠感などの副反応がみられた人も多くおり、中には39度近い発熱があった人もいました。
一方で、国が発表した先行接種の結果通り、重篤な反応があった人は特にみられなかった印象です。発熱は接種の翌日に出るケースが多く、若い人に多い印でした。
私自身は、接種部位に軽い痛みは感じたものの、治験データにあるような副反応は特に感じませんでした。』
 『ファイザー製の重いアレルギーは50代以下が中心
 という記事もあって、
 アメリカにいる娘が大変だったと言ってたので心配していたが、
 高齢者は大丈夫なのかも知れない。
 
★ 『大丈夫か?』といつになく家内は優しく心配してくれる。
 10日後に家内が接種するので、心配しているのだが、
 1回目も大したことはなかったし、高齢者は大丈夫なのだと思う。
 2日目は大丈夫だった。
 一応は用心して『朝のランニング』も休んではいる
 『私のコロナワクチン接種対策』なのである。
★3日目の朝である。
 殆ど普通の日と変わらない。
 年齢別のこんなグラフを見ると
 『高齢者』で且つ『男性』の方が影響がない。
 70歳台以上しか表示がないが『88歳』はさらに少なくなっているのだろう。
  
2021年6月21日

父の日の贈り物

投稿者 : rfuruya

★ 佐川急便から宅急便が届いた。

 あて名は家内の名前が書いてあるが、送り主がない。
  
 冷凍・菓子とあるので開いてみたら、
 こんなお菓子である。
 
 私は大体『せわしない』性格で、
 何でもどんどんやらぬと気が済まない。
 ところで、『せわしない』とは関西弁かと思っていたら
 標準語だそうである。
 
★ちょっと脱線したが、
 送り主は宛先の下に小さく英語で書いてあったので見逃していたのだが、
 娘婿『Tad  Kadono』からである。
 今どき娘婿が家内に何かな、7月が誕生日だからそれが早くついたのか?
 などと言いながら、アメリカにLineで聞いてみたら、
 これは家内宛ではなく私宛の間違いで『父の日の贈り物』だそうである。
 それならと大威張りで一つ『冷たいまま』食ってしまったが
 こんな『おいしい食べ方』というのがあって、
 冷たいのを溶かして食うのが本筋のようである。
 
 そんなことで上の写真は6つ入っていたのだが、
 ひとつは食ってしまったので5つしか写っていないのである。
 6月20日の第3日曜日が『父の日』だそうで、アメリカが本場である。
 兎に角『Tad Kadono』さん、父の日のプレゼントありがとう。
★ アメリカは日本の1日遅れで、明日が6月20日である。
 アメリカの『父の日』は孫たちや娘が何か贈り物をするはずだが、
 果たして、どんなことになるのだろうか?
   昨今はアメリカも近くなって、Facebook などで手に取るように解るもである。
 日本では『母の日』は一般的になったが、
 『父の日の贈り物』を貰うお父さんはどれくらいいるのだろう?
 と調べてみたらこんなことになっていた。
 私は37%の中に入っているのである。
  
2021年6月20日

こどもの頃の昔話    雑感

投稿者 : rfuruya

★ 人生90年近くも生きると『昔話』は楽しいものである。
  昔話にもいろいろあるが、こどもの頃のことを語れる相手は極めて限られている。
 私は明石上ノ丸で生まれて、直ぐ朝鮮に渡り、
 戦前は朝鮮京城・今のソウルで中学1年生までを過ごした。
 そんな『こどもの頃の昔話』を語れる人は極めて少ないのは当然のことである。
 私は長男で4人の妹たちのいる5人兄妹なのだが、
 昨日はすぐ下の妹が久しぶりに我が家にやってきた。
 今は明石に住んでいるのだが、
 永年乘っていた車も手放し、7月には免許も返納することになったので、
 と訪ねて来たのである。
 私より二つ下で86歳だから、そんな判断も妥当なのかも知れない。
 こんな明石の有名な寿司屋『菊水』の鮨をお土産に持ってきてくれて、
 昼前から4時過ぎまで、他愛のない『昔話』が続いたのである。
 
★4人いる妹たちだが、こどもの頃のこと、戦前のことを語れるのはすぐ下の妹までかなと思う。
 戦時中も夏冬の休みには明石に帰省していたので、
 その頃の明石のことなどを話せるのは『二人だけ』なのである。
 大した話ではなく単なる『昔話』なのだが、
 3時間以上も話したことは初めてだったし、
 初めて聞く話もいっぱいあって、私にとっては貴重な時間であった。
 そんな昔話の中で、私が中学校に入学する機会に『明石に帰ろうか』という話があったのだが、
母が反対して京城に留まることにしたというのである。
これは初めて聞く話なのである。
 これはひょっとしたら『私の人生の岐路』になったかも知れないのである。
 中学校に入学した年は昭和20年(1950)の終戦の年だから、
 若し明石に戻っていたら、その後の生活も全然変わったものになったかも知れない。
 当時、明石には上の丸に本家の伯父がいたのだが、
 伯父の知人でもあった上の丸のSさんの家を買おうとしたようだ。
 その話だけは何となく知っていたのだが、いつ頃のことかは知らなくて、
 それが『私の中学入学を機会に』というのが動機だとは全く初耳なのである。
★その上の丸のSさんの家というのは、今は川崎重工の明石工場の接待寮になっている『二松荘』なのである。
 伯父の本家も同じ明石の上の丸なのだが、昭和20年6月の空襲で爆弾と焼夷弾で焼失してしまったのだが、
 1kmも離れていないのに『二松荘』の場所は爆撃を免れたのである。
 若しこの話が実現して、その時日本に戻っていたらソウルの家は売却したであろうし、
 一人1000円だけを持っての戦後の引き揚げの条件とは全く変わったものになったと思うので、若しそんなことになっていたら、
 私のその後の人生も全く変わったものになったのは間違いないが、
 それが『よかったか』というと『そうでもない』ような気がするのである。
★ 戦後引き揚げてきてからは、経済的には戦前の生活と全く変わった厳しいものになったことは間違いないのだが、
そんな苦しい時代を経験しながらも、
お金は沢山ないほうがいい』というのが私の生き方の基本なのである。
特に私を可愛がってくれた伯父はこどもの私を花隈や有馬での華やかな宴席などにも連れて行ってくれたりもしたのだが、
そんな伯父の生活態度を見ていて、何となく『お金はあまりないほうがいい』と思うようになったのだと思う。
お金が潤沢にある生活とお金に苦しい生活』をこどもの時代に経験してみて、
お金があり過ぎるほう』ほうが、むしろ『害がある』とそんな風に思うようになって、その後の70年以上を生きてきたのである。
★ 久しぶりに妹に会えたのだが、こんなに長い時間二人で雑談をしたのは初めてかも知れない。
妹にはこどもがいないし主人は先に逝ってしまったので今は独り身なので、
別にお金に困っている訳でもないのだが、こどもがいないと自分の身の回りの処理を自分でしなければならぬようで、これは大変だなと思った。
死後のことなど別に整理をしておかなくても、
子どもが何とかするだろう』と私などは太平楽なのだが、そうもいかないようである。
 そういう意味では『こどもはやはり一番の宝物』なのかも知れない。

こどもの頃の昔話    雑感

2021-06-20 06:27:46 | 私の生き方、考え方&意見
★ 人生90年近くも生きると『昔話』は楽しいものである。
  昔話にもいろいろあるが、こどもの頃のことを語れる相手は極めて限られている。
 私は明石上ノ丸で生まれて、直ぐ朝鮮に渡り、
 戦前は朝鮮京城・今のソウルで中学1年生までを過ごした。
 そんな『こどもの頃の昔話』を語れる人は極めて少ないのは当然のことである。
 私は長男で4人の妹たちのいる5人兄妹なのだが、
 昨日はすぐ下の妹が久しぶりに我が家にやってきた。
 今は明石に住んでいるのだが、
 永年乘っていた車も手放し、7月には免許も返納することになったので、
 と訪ねて来たのである。
 私より二つ下で86歳だから、そんな判断も妥当なのかも知れない。
 こんな明石の有名な寿司屋『菊水』の鮨をお土産に持ってきてくれて、
 昼前から4時過ぎまで、他愛のない『昔話』が続いたのである。
 
★4人いる妹たちだが、こどもの頃のこと、戦前のことを語れるのはすぐ下の妹までかなと思う。
 戦時中も夏冬の休みには明石に帰省していたので、
 その頃の明石のことなどを話せるのは『二人だけ』なのである。
 大した話ではなく単なる『昔話』なのだが、
 3時間以上も話したことは初めてだったし、
 初めて聞く話もいっぱいあって、私にとっては貴重な時間であった。
 そんな昔話の中で、私が中学校に入学する機会に『明石に帰ろうか』という話があったのだが、
母が反対して京城に留まることにしたというのである。
これは初めて聞く話なのである。
 これはひょっとしたら『私の人生の岐路』になったかも知れないのである。
 中学校に入学した年は昭和20年(1950)の終戦の年だから、
 若し明石に戻っていたら、その後の生活も全然変わったものになったかも知れない。
 当時、明石には上の丸に本家の伯父がいたのだが、
 伯父の知人でもあった上の丸のSさんの家を買おうとしたようだ。
 その話だけは何となく知っていたのだが、いつ頃のことかは知らなくて、
 それが『私の中学入学を機会に』というのが動機だとは全く初耳なのである。
★その上の丸のSさんの家というのは、今は川崎重工の明石工場の接待寮になっている『二松荘』なのである。
 伯父の本家も同じ明石の上の丸なのだが、昭和20年6月の空襲で爆弾と焼夷弾で焼失してしまったのだが、
 1kmも離れていないのに『二松荘』の場所は爆撃を免れたのである。
 若しこの話が実現して、その時日本に戻っていたらソウルの家は売却したであろうし、
 一人1000円だけを持っての戦後の引き揚げの条件とは全く変わったものになったと思うので、若しそんなことになっていたら、
 私のその後の人生も全く変わったものになったのは間違いないが、
 それが『よかったか』というと『そうでもない』ような気がするのである。
★ 戦後引き揚げてきてからは、経済的には戦前の生活と全く変わった厳しいものになったことは間違いないのだが、
そんな苦しい時代を経験しながらも、
お金は沢山ないほうがいい』というのが私の生き方の基本なのである。
特に私を可愛がってくれた伯父はこどもの私を花隈や有馬での華やかな宴席などにも連れて行ってくれたりもしたのだが、
そんな伯父の生活態度を見ていて、何となく『お金はあまりないほうがいい』と思うようになったのだと思う。
お金が潤沢にある生活とお金に苦しい生活』をこどもの時代に経験してみて、
お金があり過ぎるほう』ほうが、むしろ『害がある』とそんな風に思うようになって、その後の70年以上を生きてきたのである。
★ 久しぶりに妹に会えたのだが、こんなに長い時間二人で雑談をしたのは初めてかも知れない。
妹にはこどもがいないし主人は先に逝ってしまったので今は独り身なので、
別にお金に困っている訳でもないのだが、こどもがいないと自分の身の回りの処理を自分でしなければならぬようで、これは大変だなと思った。
死後のことなど別に整理をしておかなくても、
子どもが何とかするだろう』と私などは太平楽なのだが、そうもいかないようである。
 そういう意味では『こどもはやはり一番の宝物』なのかも知れない。

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