一般情報、ニュース、お知らせ

2022年5月29日

アメリカの娘のFacebook から・・

投稿者 : rfuruya
★我が家にとっていま娘家族が住んでいるアメリカは世界で一番近い国になっている。
 今朝も孫が家内に電話してきて、いろいろ話してた。
 ネットの世界がアメリカをより近い国にしているように思う。
 そんなこともあって、暇に任せて娘のFacebook でこの10数年を振り返ってみた。
娘一家がアメリカに渡ったのは2004年のことで、もう18年にもなるのだが、
我が家とアメリカの距離はぐっと縮まって、家内など2009年から10年間、ずっと娘家族のいるアメリカに何か月も遊びに行ったりしてたので、
娘のFacebook にはそんな写真がいっぱいなのである。
 ただ、なぜか何度やっても2014年10月以前の記事も写真も出なくなってしまうので、
 それ以前の記事や写真がないのは残念だが、
 折角、時間をかけて写真を眺めていたので、
 それを纏めてこの10数年の想い出を振り返ってみたいと思っている。
 これはある意味「自分のために」整理したものである。
★まずは現在、娘のFacebookの写真です。
 これは、今ではアメリカでサッカーのプロになっている孫の門野真也の得点シーンの写真で、その動画も載っています。
 
 相手チームのキーパーは、孫の少年時代から大学までのチームメートで、
 元アメリカサッカー代表監督クリンスマンさんの息子さんです。
 私も高校時代からのプレーぶりを観ているので、
 その頃のこともよく解っていて、懐かしい。
 今は相手チームなので、ユニフォームの交換などして、
 孫の末弟・門野哲也も記念撮影に入っていた。
  みんな立派に成長するものです。
★ これから後は、旧い順に我が家とも関係のある写真を
 この10数年の想い出として抜粋整理してみました。
 これが2009年から10年間、毎年アメリカに遊びに行ってた家内です。
 10回も、それも何か月もアメリカで暮らしたら、
 アメリカ通になるのは当然で、家内にとっても懐かしいいい10年だったと思います。
 この時も2か月間のアメリカ滞在でした。
 次男・真也の18歳の誕生日、大人の仲間入りです。
 哲也はまだ中学生かな。
 名門バークレー大学のサッカー部に推薦入学で入れて、
 家内はその開幕戦を観に行ったようです。
 もう何度も経験したアメリカ旅行で、旅慣れたものでした。
 翌年2016年は私もアメリカに。
 この頃は、真也も試合に出てたし、
 私はどんな場所でも、どなたでも、あまり「人見知り」などはしないので、
 チームの方とも仲良くなって、Facebook のトモダチで繋がったりしました。
 こんなカリフォルニアの海岸線、
 Irvineはカワサキ・アメリカもあったので、
 現役時代からよく行ってはいたのですが、
 仕事ばかりでこんな観光地は初めてでした。
 アメリカで汽車に乗ったのも、初めての経験。
 サンデイエゴまでの小旅行でした。
 この年はサッカーをやってた息子もアメリカまでやって来て、
 真也のリーグ戦を観戦、かっての教え子に今でもいろいろ言ってました。
  私と息子は、家内を残して一足先に日本に帰国したのです。
  それから、更に1か月、アメリカに滞在してた家内も
 11月15日には帰国の途に就いたようです。
 当時は日本の慶応に留学してた長男の力也も戻って、
 久しぶりに3兄弟揃って、娘も嬉しそう。
 この年家内は80歳、バタフライの動画も載ってたが、
 5年前は家内もめちゃ元気だったように思います。
 最初の写真に出た、かってのチームメートのジュナサン君は
 バークレーで一緒にプレーしてたのだが、
 一足先にドイツのブンデスリーガーと契約してプロ選手に。
 翌年も二人で、アメリカに遊びに行きました。
 アメリカにいると、
 日本違って、こんなラフなスタイルで・・・
 このころは、真也もチームの中心選手として活躍中でした。
 ★2018年の7月に家の風呂の中で意識を失ってたのを
  孫の哲也が引き揚げてくれました。
  なぜ倒れたのかよく解っていません。
  救急車が来たときは意識も戻って、確りと歩いて救急車に乗り、
  一応、病院までは行きましたが、すぐ戻ってきました。
 その時は娘と末弟が日本に遊びに来てたのですが、
 当時、慶応に留学中だった長男の下宿先に行ったようです。
 そして、この年もアメリカに遊びに行きました。
 娘婿が勤めているJAEがエンゼルスのスポンサーをしてたので、
 野球観戦、生で大谷翔平を見ることが出来ました。
  この年末弟の哲也は高校3年生、
  翌年からサンディエゴ大学に入学だとかで、サンディエゴまで。
 これが次男のバークレーでの最後の試合、
 バークレーで初めて日本人でキャプテンを務め、
 リーグの得点王にもなり、来春からはプロを目指す、そんな時期でした。
  3人兄弟が揃っています。
 そして2019年7月、娘と哲也が日本に遊びに来て、
 家内の誕生日祝い、
 鎌倉の孫・古谷仁も顔を見せています。
 この翌年からはコロナ騒動で、
 アメリカにも、日本にも、往来はなかったのですが、
 今年の7月初めに娘が日本にやってくることになっています。
 もうアメリカに行くこともないのかと思いますが、
 非常にいい10年間だったと思っています。
2022年5月28日

メダカの季節

投稿者 : rfuruya
★メダカに関心を持ち出して3年ぐらいになる。
 4月の終わりごろから卵を産み出して9月ぐらいまで
 ほんとに毎日卵を産み続けるのである。
 自然界では弱者の部類なのだろうし、メダカ自体の寿命が2年ほどだというので、
 これくらいの頻度で産み続けないと種の保存ができないのかも知れない。
 池にもいっぱいいるのだが、
 プラスチックの水色の盥の中にこんなメダカが20匹ほどいて、
 毎日卵を産むのでその管理が大変忙しい毎日なのである。
 今こんな状態で4つの入れ物でメダカの管理をやろうとしている。
 左の青い容器に親が入っていて、ホテイ草に毎日卵を産み付けるので
 5日ぐらいでホテイ草を取り出して、
 右の白い鉢に浮かして置いたら、10日ほどで2mmほどのこどもが泳ぎだすのである。
 それを適当に一番の奥の青い容器に移している。
見えにくいかも知れぬが、今この容器の中には300匹以上ののメダカのこどもがいる。
4月から今年産まれたもので、一番大きいのが5mmぐらいにはなっている。
★ 単にホテイ草を入れておけば勝手に卵を産むので、
 それを別の容器に移すだけなのだが、
 そんな単純な作業だが毎日何かいろいろとやっているので結構忙しい。
 そんなに増やしてどうするのか? と思われるかも知れぬが、
 最後は池に放してやればいいので、その間の成長を見て楽しんでいるのである。
 何故か、子どもの頃から魚が好きで、
 家にはいつも池があったし、凝った時は鯉なども本格的に飼ったりしたのだが、
 メダカは鯉などと違って、数は多くても餌代に多く掛るということもなく、
 簡単だから、高齢者の趣味としては最適だと思っている。
 今まではいろんなメダカを一つの鉢に入れているので、
 産まれてくるメダカは、雑種の雑種みたいなものなのだが、
 実はこんなメダカを今注文して、日曜日にはやってくることになっている。
 
 2つがいで、成魚で産卵サイズというので、
 このメダカは別の鉢で、「赤いメダカ」の仔を生ませたいと思っているのだが、
 果たして、上手くいくだろうか?
 若し、今年中に産卵したら、赤いメダカもいっぱい生まれるだろうから、
 来年は、それと我が家のメダカの新しい品種が生まれると思ったりしている。
 メダカも凝りだすと、1匹1万円以上もするのがいるらしいが、
 そんなことにはならないと思うので、
 ちょっと贅沢しても、この程度のことなのである。
 赤いメダカが池にいっぱい泳いでいる光景を夢見ているのである。
2022年5月27日

私の暑さ対策  

投稿者 : rfuruya
★5月も後半になると、だんだん暑さを感じるようになった。
 至って元気だが、どちらかというと寒さよりは暑さに弱い。
 何故か北国のほうが暑いのは不思議だなと思う。
 
熱中症」誰でも発症するおそれがあり、引き起こす条件は、大きく3つ挙げられるとか。
1つめは「環境による条件」で、急に暑くなった日などが危険だとか。
2つめは「体による条件」で、高齢者など熱中症にかかるリスクが高まり、寝不足などの体調不良でも、熱中症にかかりやすくなるという。
3つめは「行動による条件」で、激しい運動などで、熱が体の中にこもったままだと熱中症にかかりやすくなるなどと言われている。
★毎日外で運動もするし、庭仕事もするので、暑さ対策には注意しないといけないと思っている。
 熱中症の予防には「涼しい服装」「日蔭を利用」「日傘・帽子」「水分・塩分補給」などとあるので気を付けたい。
 大体この4つの対策のうち、帽子だけは被っていないのだが、
 朝の運動も「日蔭の利用」に気を付けることにした。
★ 毎朝の公園でのスロージョッギングも、
 約1時間半・7kmの距離を直射日光を浴びて走っていたのだが、
 今朝は前半の体が慣れて汗ばむまでは、こんな日蔭のコースを選んで走って来た。
  
 公園から住宅街に抜ける山道があって、そこは日蔭なので、
 その登り下りのこんな道を走って来た。
 
 山の中のこんな環境の中で、
 こんな道が続くのだが、いつもと環境も変わって、
 気分転換にもなってよかったと思っている。
 6月8日にはZ1会のゴルフがあるのだが、
 暑いと言ってもまだ6月は大丈夫だろう。
 毎年のことだが7・8月はゴルフは止めている。
 今年の夏はどうなるのだろう?
 この2か月の間に、確りと体を暑さに慣らして7月を迎えたいと思っている。
2022年5月26日

「森田伊活さんのこと」

投稿者 : rfuruya
★「ベタータイムス」の編集発行をされていた森田伊活さんが、
 突然急逝されたという知らせを吉田純一さんから頂いたのは3月31日のことだった。
 昨日はその「森田伊活さんを偲ぶ会」のご案内を頂いたのだが、
 6月7日に東京で開催されるその会には出席することが出来ないので、
 本当に長い間お付き合いを頂いた森田伊活さんを偲んで、
 「森田伊活さんのこと」を纏めてみたいと思っている。
 これが我が家に送られてきた「ベタータイムスの4月号」なのだが、
 この号が通巻502号なのである。
 初号から毎月1回発行され続けたのだと思うが、
 逆算するとその初号は1980年(昭和55年)7月になるのである。
 
 42年も前のことなのだが、その当時私はカワサキの国内担当責任者で、
 私に森田伊活さんをご紹介頂いたのは、当時の全国カワサキ会会長であった小野寺和夫さんなのである。
小野寺さんには私は格別のご厚情を頂いていたので、
単に「森田伊活さんが新しく業界誌を発行されるので・・・」ということだったのだが、
 即座に当時のカワサキの特約店1000店にこの業界雑誌『ベタータイムス定期購読をお願いしたのが、森田伊活さんと私の最初の出会いだったのである。
当時はカワサキの車で言えば、FX400時代のことでカワサキとしては非常に「いい時代」であったことは間違いないのである。
 未だ、モペットが主体で二輪の販売網も自転車屋さんが数では主力の時代で、全国的に結構なレベルで二輪販売店が揃っていたのは、
中大型を販売する特約店制度を敷いていたカワサキだけというような時期だったのである。
そんなスタート時期からカワサキは密接なお付き合いが続いたこともあって、
我が家には引退後も毎月「ベタータイムス」が送られてきたのである。
★ 今回の「森田伊活さんを偲ぶ会」の実行委員会は「全国オートバイ協同組合連合会」の大村直幸会長が当たっておられるのだが、
森田伊活さんと「全国オートバイ協同組合連合会」との繋がりは
初代会長の吉田純一さん時代から延々とかつ密接に繋がっていて、
日本の二輪業界の地位向上に大きな役割を果たしてこられたのである。
その間の事情を二輪車新聞元取締役大阪支社長 衛藤誠さんがこのように記しておられるので、
 その概要をご紹介してみたい。
  
時代は移り1980年(昭和55年)前後から、全国の二輪車販売業界では、業界有志たちによる“販売店の独自の組織化”の動きがみられるようになってきた。
正式に法人化された業界組織化の第1号は、兵庫県二輪自動車協同組合(現・島津龍理事長)で、81年(昭和56年)4月に、
2番目に設立されたのは、やはり近畿地区の大阪オートバイ事業協同組合(田純一理事長)で、84年(昭和59年)12月で、
この大阪の設立が、その後の二輪車販売組織化を加速させる原動力となり、また“全国オートバイ協同組合連合会(AJ)”への結成へと進んだといっても過言ではなかろう。
特に吉田理事長に加え、福井二朗専務理事の存在は大きい。
吉田純一氏が二輪車販売店の組織化を目指した最大の原動力は
「日本の二輪車が、世界に雄飛している中で、日本電信電話公社の職業別に“オートバイ販売”の欄がなく、自転車欄に含まれている。さらに通産省の職業分類でも“オートバイ販売”の欄がない。これはひとえにオートバイ販売の社会的地位の低さである。我々販売業者が団結し、そのスケールパワーをもって、二輪車販売業の社会的地位向上を図らねばならない」
という思いだったとこんな吉田純一元理事長の写真付きの記事になっている。
  
★ たまたまベタータイムスの創刊時期と時を同じくしたこともあって、
 森田伊活さんと吉田純一さんが主宰した全国オートバイ協同組合連合会は密接に繋がり、
 今では国も認める「二輪業界団体」となっているので、
 それを横から支えた森田伊活さんの「ベタータイムス」も同時に業界での地位を盤石なものにしたのである。
 島津龍さんも、吉田純一さんもカワサキのOBだし、
 森田伊活さんをカワサキに紹介頂いたのも全国カワサキ会会長の小野寺和夫さんであったことから、
 特に創成期のベタータイムスの森田伊活さんとは、
 カワサキグループも、個人的に私自身も非常に密接に繋がっていたのである。
 特に全国オートバイ協同組合連合会は、初代吉田理事長の時代から現在に至るまで、「森田伊活さんのベタータイムス」とはまさに2人3脚の歩みを続けてこられたと言っていい。
 森田伊活さんと私が最後にお会いしたのも、
 吉田純一さんの「旭日小授賞授賞祝賀会」の席上で、
 業界のいろんな方ともお会いしたのだが、
 森田伊活さんともホントに久しぶりにお会いできたのだが、
 これが最後になってしまったのである。
 本当に律儀な方で、
 退職後は何のお役にも立っていなかったのだが、
 我が家にはお中元とお歳暮を昨年まで送り続けてこられて、
 毎回私は恐縮して、お礼のお手紙をお送りしていたのである。
 私に限らず、二輪業界では森田伊活さんと関係がおありになった方は多いだろうから、
 「森田伊活さんを偲ぶ会」は多くの方たちで盛大に行われることであろう。
 折角のご招きなのに、出席することが出来なくて誠に恐縮なのだが、
 このブログはFacebook にも転記されて、森田伊活さんと密接に繋がりがあり、且つ当日の「森田伊活さんを偲ぶ会」にも出席されるであろう方たちの目にも触れると思うのだが、
 私は「森田伊活さんへの弔辞」のような気持ちで書いているのである。
 「森田さん、本当にいろいろ在りましたね。
  小野寺和夫さんにもしお会いなさったら、よろしくお伝え下さい。
  有難うございました。
  安らかにお眠りください。
2022年5月25日

セパ交流戦が始まった

投稿者 : rfuruya
★ 今日からプロ野球は交流戦が始まった。
 同リーグ内の試合よりは何となく交流戦のほうがオモシロいような気がする。
  
 テレビでは阪神ー楽天巨人ーオリックスをやってたので、
 その二つをチャンネルを変えながら観ていた。
 6試合がどんなことになっているのか、
 「プロ野球速報」を検索するとこんな画面が現れる。
 8時半現在はこんなことになっていた。
 
 パシフィックの優位が伝えられて久しいが、
 今年は果たしてどうなるのだろう。
 6試合ともすでに7回以降に入っていて、
 中日ー西武、広島-ロッテの2試合は多分パシフィックの勝ちだと思うが、
 あとの4試合は1点を争う好ゲームになっている。
★暇なものだから、こんなチェックをしたりした。
 8時50分、巨人ーオリックス戦は4-2で巨人が勝利、
 ヤクルトが1-1と追いついた。
 阪神は1-0で勝っているが、今1アウト2塁にランナーを置いている。
 岩崎が守り切るだろうか?
 いいところで9時、中継は2死3塁で終わってしまった。
9時10分には阪神とDeNAが勝って残りはヤクルトー日ハムがどうなるかである。
 この交流戦の阪神と日ハムの最下位チームがどんな成績になるかも注目
なのである。
 果たしてヤクルトー日ハム戦はどうなるのだろう?
 
★ 始まったばかりだが、第1日目の結果である。
 ヤクルトが接戦を制して、セントラルが4勝でのスタートとなった。
  
 最後はどんなことになるのだろう?
 セ・リーグが頑張って、面白くなりそうである。
2022年5月24日

体力年齢は何歳かな?

投稿者 : rfuruya
★コロナになってしまって、三木市の体力測定も2018年以来行われていない。
 2018年9月だから、4年前85歳の時なのだが、
 その時出た「体力年令」は53歳だった。
  
 来年は90歳になるのだが、こんなに長く生きれるとは夢にも思っていなかったので、自分でもびっくりなのである。
 ただ、最近つくづく思うのだが、体力は維持されていて、
 「衰え」を全く感じないのは不思議で、
 是非「体力測定」を受けてみたいのだが、今年も実施されないのだろうか?
★ 若し今受けたなら、多分4年前と変わらない「53歳前後」と出るのではと勝手に思っているのだが、
 こんな記事が出ていたので読んでみた。
 
体力」とは、このように記述されている。
そもそも体力とはなにか?
要するに、健康に生活するための体力と、運動をする体力の2つの意味が、体力という言葉に含まれています。
運動をする体力は、簡単にいうと、体力テストや身体測定で数値化できる能力のことで、持久力、瞬発力、筋力などは、20mのシャトルラン、反復横跳び、上体起こしなどの種目で測定できるという。
日常の生活動作をスムーズにしてくれるのが、柔軟性の高さで、柔軟性があれば、筋肉や関節の負担を減らし、けがを予防できます。
運動をする体力」については、
 持久力・瞬発力・筋力・柔軟性などは、
 毎朝のスロージョッギングに最近は50メートルダッシュなども取り入れて、
 1時間半ほど、7km・1万歩以上動いているので、大丈夫だと思っている。
 基礎代謝の低下も体脂肪の増加につながるらしいが、
 現在、基礎代謝は1700ぐらいあるし、運動も足りてるし、
 柔軟性も毎日ストレッチを40分はやっているので、
 人生で一番柔らかい状態が保てていると思っている。
★ 毎日特にやることもないので運動もストレッチも欠かさず続けているのだが、
 ほんとに「人間の体力」など何歳になってもそんなに落ちずに維持できるのだろうか?
 年齢とともに「体力がなくなる」のが普通なのだろうが、
 少なくともこの5年間、「体力維持」が出来てると自分では思っている。
 運動の時間なども、昨年までの7000歩から今年は1万歩以上に上げたし、「体力年令」は若返っているのではと思っていて、我が家の「」では、現在「74歳」と出るのである。
 昨年までは「75~76歳」だったから、少しだけだが、
 衰えるよりもむしろ向上しているのではと思ったりしている。
★今、問題があるとすれば、
 ちょっと「耳が遠くなった」のと
 昨年末から、右膝が痛くはないのだが、「違和感」があるので、
 今は整骨医に通って、筋肉をほぐして貰っている。
 それと「アタマ」かな?
 記憶力などは全く駄目だなと思っている。
 「体は元気で、アタマがダメ」になったら「一番問題だ」などと
 娘や家内に言われているのだが、
 「アタマの維持」のためにもこのブログなども毎日アップしているのである。
 いろいろあるが、もうすぐ90歳なのだが、
 「90歳らしくない高齢者」でありたいと頑張っているのである。
2022年5月23日

庭  雑感  その11  庭再生計画

投稿者 : rfuruya
★「庭再生計画」というと仰々しいが、今そんな計画を策定し実行中である。
 今年の1月にふとしたことから、庭に苔を植えたのがそのきっかけなのである。
 苔を植えてから、苔を育てるために水をやりだしたのだが、
 水の力は大したもので、庭全体の樹々が生き生きとしだしたし、
 特に顕著なのは薔薇で、健康に育っているという「シュート」がいっぱいなのである。
  
 シュートが出るということは、特につる薔薇は来年格段と大きくなり、
 立派な花を咲かせるということなのである。
 
  薔薇をやりかけて、20年以上にもなるが、
 こんなにシュートが発生したのは初めてと言ってもいい。
 我が家には10本以上の「つる薔薇」があるのだが、
つる薔薇」は枝さえ伸びれば、、どのようにでも「絵が描ける」のである。
 これは今年の「アンジェラ」だが、2年かけて空間を渡すことに成功している。
 
★そんなことで、来年は「つる薔薇」を中心に「庭再生計画」を実行中なのである。
 「苔庭」にしたので、苔が見えるように樹を小さくして
 根元に陽が当たるように殆どの樹を半分ぐらいに切ってしまったのである。
 この辺りの樹も半分ぐらいに切ってしまったのだが、
 その分「つる薔薇」を大きくすることが可能なのである。
 
 お解り難いとは思うが、
 来年の5月には、この辺り一面が薔薇で埋まるようになると思っている。
 1年後の計画だが、今から「スタート」しないと間に合わないのである。
 今までは樹中心に、その間に薔薇を育てていたのだが、
 それを逆にしようという計画なので「再生計画」と呼んでいる。
 この辺りの樹も、半分ぐらいに思い切って小さくしてしまった。
 来年は多分「3種類のつる薔薇」で埋まるだろうと思っている。
 
 要は枝が伸びたら、そこは薔薇の花になるので、
 今から秋にかけて「枝を延ばす」ことに集中し、その枝に日が当たるように、
 樹の枝を切ってしまったのである。
 果たして「庭再生計画」上手く実現するだろうか?
 来年の5月のために、このブログをアップしている。
 この写真の同じ場所の風景が変わっている筈である。
2022年5月22日

「どくだみ」がコンクリートを壊した

投稿者 : rfuruya
★「ドクダミ」は原産地が東アジアのドクダミ科での多年草で、
  独特な匂いでコンクリートの割れ目からも生えてくるくらい強く
 抜いても抜いても生えてくると言われたりするハーブ
 などとの紹介があるのだが、
    
 確かにその通りで、我が家の庭の裏手の溝にいっぱい生えていたのだが、
 とうとうホントにコンクリとを壊してしまったので、
 昨日はその後始末に大変だったのである。
 庭の裏手にはこんな細い溝があって、
 そこに生えていた「どくだみ」がコンクリートの細い壁を押しつぶしてしまったのである。
 そこには隙間から「どくだみ」がいっぱい生えていて、
 抜きようもなくて困っていたのだが、この左側の白いのがその根で、
 右側に引き揚げている薄いコンクリートの壁を倒してしまったのである。
 今はこんなに綺麗になったが、
 ここまで仕上げるのには大変だったのである。
 まだ泥が湿っているので、乾いてからまだ残っているどくだみの根
 コンクリートの残骸の後始末などしようと思っている。
★ 庭木の剪定や草抜きなどは、そんなに労力も要らないのだが、
 こんな力仕事は89歳の高齢者には大変なのである。
 今は溝は綺麗になって何にもないのだが、そこには枯葉や泥などいっぱいだったのである。
 それを全部こんな道具で引き揚げてから、
 溝に水を流したので、こんなに綺麗にはなったのである。
 使い勝手がよく、簡単に泥を引き上げることが出来る。
 三木の金物で、その名も「まかせて泥あげ」とあってなかなか重宝しているのである。
 
 薄いコンクリートの板4枚分が壊れたのだが、
 壊れても特に機能上は問題もないようだから、
 コンクリートの壁を壊してくれて、むしろホットしているのである。
 2,3日してこの辺りが乾いたら、またその後始末をしようと思っているのだが、
 一番気になっているのは「どくだみ」がまた息を吹き返さないかということなのである。
 「残っている根」をどのようにしてとるかが問題なのである。
2022年5月21日

マスク    雑感

投稿者 : rfuruya
★コロナももう3年目に入った。
 コロナ対策=マスク と思うぐらいきっちりと「マスクをする」ことが守られてきた日本だが、
突然、国は「マスクをしなくていい」との見解を発表した。
    
政府見解によると、屋外では、周囲と2メートル以上の距離が確保できなくても、会話をほとんど行わない場合はマスクの着用は必要ないとした。具体的な事例として、徒歩での通勤など、屋外で他人とすれ違うような場合を挙げている。
 そんな見解が出たのだが、これだけ徹底された習慣のようになっているものが、
 街中でも「マスクなし」で歩くようなことにホントになるのだろうか?
 「自分だけマスク外すわけには」というこんな記事も流れた。
 
私自身のことを言うと、この3年間殆どマスクをしたことがない。
人にも会わない」からだとは思うが、
 マスクをつけるのは、医者に行くときと買い物に行くときぐらいで、
 毎朝行っている公園での「スロー・ジョッギング」にはマスクはしていない。
 広い公園で、人も少ないからだとは思うが、
 今までも半分以上の人が「マスクをしていない」状況だった。
 あんなに広い公園で、人も少ないのにそれでも「マスクをしている」人もいるのだが、
 政府のこんな見解が出たら、公園での「マスク姿」は見られなくなるかも知れない。
 国が「言っている」ので、買い物に行くときも「会話などしない」ので、
 今後は「マスクなし」で通そうと思うのだが、
 果たして、周囲の人はどんな反応をするのだろうか?
 もう暑くなるし、マスクなどしていたら息苦しいので、
 「私ははずすことにした
 今日から実行する。
2022年5月20日

古谷 仁 のこと

投稿者 : rfuruya
★ 古谷 仁は息子の長男だが、一人っ子だから、古谷の跡継ぎは孫・古谷だけである。
 その仁が突然、関西に出張なので三木に3日間ほど来るというメッセージが届いた。
 昨夜それも12時近くにやって来て、
 明日朝9時過ぎには帰るというので、実質は1日いただけである。
 世の中の孫と爺の関係はどんなことなのかよく解らぬが、
 私は息子のほうに古谷仁、娘の方には男ばかり3人、4人の孫たちがいるのだが、
 先方がどう思っているかは別にして、結構「トモダチ」のような関係である。
 今回も仁は何しにわざわざ三木まで来たのかよく解らないが、
 何となく顔を見に「遊びに来た」ようなところもある。
 ただ、実際は何をしてたかというと、
 いま流行りの「リモートワーク」なるものを朝から夕方まで結構熱心にやっていた。
 そんな「リモートワーク」を初めてみたのだが、
 私の机を使ってパソコンとアイパッドを並べて
 
会社の連中とのミーテングなどをやっていた。
 
 これがそのスケジュールのメモだが、
 ほんとに時間通りに夕方までやっていて、
 昼も30分しか時間がなくて、外食に行くこともできなかった。
 「リモートワーク」もなかなか大変である。
★ 仁は一応は慶応の湘南キャンパスを卒業したのだが、
 すぐには就職もせずに好きなダンスなどに凝っていて、
 そんなダンスの本なども自主出版などして、
 好きなように遊んでいて、どうするのかなと思っていたら、
 4年後ぐらいに突然 RECRUITに就職が決まったのである。
 何をやってるのか名刺を貰ったら「ソリューション推進室」で制作をやっているらしい。
 RECRUITでも、それなりにちゃんとやれてると自分でそう言っていたが、
 その傍ら「発酵」についての研究している「小倉ヒラク」さんのところを手伝って、
 
 こんなラジオ番組を創っているという。
 何を想ったのか、このプロジェクトはRECRUITに就職する前から続いているのである。
 そういう意味では「自分のやりたいようにやる」というところは、
 おじんの性格を受け継いでいるのかも知れない。
 リモートワークの合間に、庭におりて写真を撮っていたが、
 こんな写真を撮っていたようである。
そして Twitter にこのように投稿していた。
  
 今年1月から苔を植えた庭「綺麗になった」と褒めてくれた。
 孫にでも褒めてもらえると「嬉しい」ものである。
 今回は大阪への出張なので、
 いつものように伊丹からの飛行機ではなく
 新大阪からの新幹線で鎌倉に戻るとか。
 今回はホントにずっと「リモートワーク」で、
 外食などする時間もなかったのだが、
 孫が会社の仕事をする姿などが見れてよかったなと思っている。
 ミーテングで話している内容までは解らなかったが、
 相手も若い人ばかりで楽しそうだった。
 それにしても「会社での働き方」も変わったものである。
 ほんの短い滞在だったが、
  今度はいつやってくるのだろう。

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