一般情報、ニュース、お知らせ

2019年5月20日

信州・群馬への2泊3日の旅

投稿者 : rfuruya

信州・群馬への2泊3日の旅

2019-05-20 09:21:56 | World Good Riders Association

★この週末は『信州・群馬への2泊3日の旅』でした。

最高の仲間たちと一緒の楽しい旅でしたが、ムツカシク言うとNPO The Good Times としての公式行事の一環だったので、山本隆理事長も登山道夫事務局長も参加されましたし、私も参加することになったのです。

安中市の交通安全週間の行事に参加して、警察署長さんからこんな感謝状を頂いたりしました。

 

 

全国二輪文化協会吉田純一会長も参加されましたし、一連のイベントの主催者は金井紫朗さんです。

 

 

茂木英子安中市長も参加され、サイドカーに乗られての市内パレードにも参加されたのです。

 

 

私もそのパレードにはカワサキのサイドカーに乗せて頂いての参加だったのです。

 

 

 

 

 

『自動二輪交友会』の方たちのいろんなバイクに加えてKGRA(KAWASAKI  GOOD RIDERS ASSOCIATION) のこんなメンバーたちが、この安中市の行事に参加したので、感謝状を頂いたりしたのです。

いろいろとご配慮いただいてバイクの先頭を走ったのがカワサキでしたし、その一番前を全国二輪文化協会でもご活躍の川崎由美子さんが走られたのです。

 

 

そしてこの一連の行事の主催者の金井紫朗さんがNPO The Good Times の二輪関連部門 WGRAの団体会員に参加されて,この行事に参加された500名に近いメンバーを『浅間GOOD RIDERS CLUB』会員として認定されたのです。

 

これは私に頂いた会員カードです。

 

 

今回の行事をスタートとして、今後どのような展開になるのかが楽しみです。

 

★ 5月17日の朝9時に三木のGOOD TIMES PLAZAをレンタカーでスタートしてこんなルートで軽井沢まで。

 

 

途中三好礼子さんのお店に寄ったりして、

 

 

1日目は軽井沢のケン鈴木ご夫妻経営のシルバーストーンで本当に楽しい一夜を過ごせました。

 

 

ケン鈴木さん、トーハツをスタートに、BS でもレースチームに関係されて、最後はカワサキのヨーロッパでのGPチーム運営を担当されました。

当時カワサキでUKやレースを担当されたのは、メグロからカワサキに来られた故内田道夫さんです。私は特に内田さんとは親しかったし、密接な関係もありましたので、ケン鈴木さんとはそんな昔話に華が咲いたりしました。

 

ケン・鈴木さんとも、今回の主催者のイベントの主催者の金井紫朗さんと、今回参加のメンバーたちが初めてお会いしたのは、2011年3月に明石で開催された『カワサキの想い出そして未来』なのです。

このイベントを主宰された平井稔男さんは今回は参加されなかったのですが、そんなイベントがきっかけで、いろいろと発展するものだとホントに感慨もひとしおです。

私がいまFacebook  のトップページに使っているこの写真がその『カワサキの想い出そして未来』の中で撮ったものです。

 

 

この写真のメンバーたちは、カワサキに関係があった方たちの他、ホンダ・スズキ・ヤマハ・ブリジストンなどメーカーを越えた集まりになっていて、田中隆三さんはこの会でBS当時関係のあったケン・鈴木ご夫妻とも会われているのです。

この会に今回の主催者、金井紫朗さんも来られていたとは、実は今回の旅で初めて知ったのです。

NPO The Good Times の基本コンセプト『異種・異質・異地域をみんな繋いでいい時を過ごそう』の通りの展開となっています。

 

今回の2泊3日の旅の詳細は、また別途纏めますが、こんなことで私もこんな公式行事もあるイベントに参加できて本当に喜んでいるのです。

金井紫朗さん、本当にありがとうございました。

 

 

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2019年5月14日

庭 雑感

投稿者 : rfuruya

 

★家と庭と書いて『家庭』という。

そういう意味では、庭はなかなか重要な要素なのだが、最近の都会のマンションには庭はないのが一般的である。

私自身は、何故か庭は好きで、特に魚がすむ池は、こどもの頃から好きだった。

念願の自分の家を持った時にも小さなガレージの下を池にして、これは今でも残っている。

 

一時は小さな庭、いっぱいに結構、本格的な池を造って鯉を飼っていたのだが鯉ヘルペスで全滅して、池は埋めてしまったりした。

 

いま思うと、ちょっと残念だったなという思いが強いのである。

こんな池もそうだが、我が家の庭は、戦前から明石の本家に出入りしてた『庭師』の藤本さんが独りでコツコツと作ってくれた庭で、私は池以外は全て任せきりで出来た庭である。

藤本さんは私よりちょっと上だったが、『私は造園屋ではない』が口癖で『花や実のなる木は邪道』だなどと言って、すべての樹を自分で選んで何年もかかって植えてくれたのである。

そんな木の中の一本が『五葉の松』だったのである。

ガレージ廻りの石組みをお願いした時に、言われた金額の他にちょっと『ご祝儀』を包んだら、そのお礼にと持ってきてくれた『五葉の松』である。

 

こんな盆栽風の立派な松だったのだが、昨年あたりから元気がなくなって、とうとう今年になって枯れてしまったのである。

 

 

樹も生き物だから、結構枯れるのである。

もうこの家に住んで50年近くになるのだが、柘植も2本枯れたし、もみじも、そのほか何本かは枯れてしまった。

藤本さんが来られなくなってからもう何年もになるのだが、私が定年になって『バラ』をやり出してから我が家の庭も年々様変わりしているのである。

表の丸い柘植が植えられていたところは全部薔薇にしてしまったし、玄関の横の立派な柘植が枯れた後には、みかんと柚子を植えている。

アメリカハナミズキも苗から育てて今年は立派に花を咲かせたが、若し藤本さんが見たら、様変わりした庭を見て嘆くかも知れないのである。

 

★昨日は五葉の松が枯れた後には、全然異質な花も咲き実もなる『さくらんぼ』を植えたのである。

これも苗から育てて今年で3年目だが、今年は少しだけだが実をつけたのである。

食べてみたら結構いけるので、正面に持ってきて少し大きく育ててみようかと思っているのである。

実のなる木』もみかん・柚子・さくらんぼもあるし、ブラック・ベリーもいっぱい成る。

ひょとしたら今年は3年目の『葡萄』が実をつけるかも知れないのである。

鯉などのいる日本庭園の趣もいいのだが、現実に実が成ったり、花が咲いたりするのはなかなかイイ。

 

5月中旬、薔薇が咲き始めている。

 

 

 

 

そんななかに『さくらんぼ』が新たに仲間入りをしたのである。

 

 

五葉の松を抜いて、鉢から さくらんぼを植えかえたのだが、元気に大きく育つだろうか?

来年の5月が楽しみである。

 

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2019年5月8日

さつき  雑感

投稿者 : rfuruya

 

★5月5日 こどもの日、5月を『さつき』という。

ちょうど、このころ私の住んでいる三木市では『さつきの花』が咲き誇る。

咲き誇る』と表現したいほど、市内には『さつきの花』がいっぱいなのである。

 

 

あまり知られてはいないのだが、『さつき』は『三木市の花』なのである。

ネットを探していたら、こんな記事が見つかった。

昭和46年6月1日に市の花として制定』とある。

昭和46年とは1971年だから、もう50年近くも前のことなのである。

 

 

今も、そのまま『三木市の花』となっているのだろう、三木の市内の道には、延々と『さつき』が植えられているのである。

ただ、『さつきとひらど』は同じなのか、違うのか?

三木市内の道路わきに植えられているのは、所謂『ひらどつつじ』なのだが・・・・

 

ちょうど、5月の連休の時期にその盛りを迎えるのだが、不思議なほど『綺麗に咲いているところ』と『そうでもないところ』があるのだが、これは『手入れの仕方』なのだろうか、『植える場所の陽当たり』などの環境なのだろうか?

毎年、不思議に思っているのである。

そんな、三木市の沿道の中で、『我が町緑が丘から青山への通りのさつき』が一番見事なのである。

写真を何枚か撮ってきたので、ご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは、三木総合防災公園の『さつき』だが、同じ場所に植えられているのに、その咲き方が、不揃いなのである。

 

 

 

神戸の相楽園は有名だが、こんな感じのようである。

 

 

手入れもあるのだろうが、やはりそれなりの年月が必要なのかも知れない。

 

緑が丘近郊の『さつき』もなかなかのものだと思っている。

緑が丘は開発されてもう40年過ぎているのだが、防災公園もその他の道筋は、比較的新しい植栽なのである。

 

いずれにしても、5月の連休時は毎年『綺麗なさつき』を楽しめるのはいいと思っているし、この花を見ると5月だなと思うようになっているのである。

桜の開花はその時期が年によって違ったりするのだが、『ひらどつつじ』は毎年5月の連休になると一斉に咲き誇るように思っている。

その5月の連休も、もう終わりに近い。

 

 

 

 

昭和を55年、平成を31年、令和を3日生きた、感想

投稿者 : rfuruya

 

★振り返ってみると『昭和を55年、平成を31年、そして令和を3日』生きて今86歳である。

私は自分の考え方を『ずっと文字に残して』生きてきた。

20歳から日記を書いていることもあるのだが、19歳の時に、父を亡くしてしまったのだが、生前『男は自分の言ったことには責任を持て』と言われて、それを頑なに守っているのである。

あの時言った意味はな・・・』などと弁解する人もいるのだが、そんな言い訳はしたくなかったし、ホントに間違っていたら『ちゃんと謝るべき』だと思っていて、現役時代の自分の考えもすべて文章で残して公にしているのである。

日記もそうだが、ネットの世界でもその殆どが『自分の思ったこと、感じたこと』を書いている。

このブログも、そんなことから『雑感日記』と名付けているのである。

 

昭和8年(1933)に生まれてからの自分の人生をこのような表に纏めている。

20歳以降は、日記から纏めているので、まず間違いないのである。

 

● 1ページ目は、39歳まで、まだまだ若かった『昭和の時代』である。

学生時代は野球ばかり、川崎航空機に入社してからは、IBMや、レースや、東北の仙台事務所など、引き継ぎなど一切ない新しいことばかりがやれて、39歳ごろは二輪業界で初めての特約店制度に取り組んでいる。

 

 

● そして2ページ目は、1989年までが『昭和の時代』、このころはカワサキの二輪事業は非常に厳しい時期だったが、何とか乗り切れて、1990年代に『平成』を迎え、2000年からは定年後の生活が始まっている。

 

 

 

● 新しく『令和』を迎えて、実は昨日このように『新しい3ページ目』を書き足したのである。

 

 

2033年(令和15年)までの表にしたのは、この年を若し迎えることが出来るなら、ちょうど100歳なのだが、『何とかなるかな』とも思っているのである。

父は52歳でなくなったし、伯父も50代後半でこの世を去ったのだが、祖母は102歳まで生きたし、母は103歳まで生きたので、若しそんなDNAが少しでもあると、『100歳までは大丈夫』かも知れないのである。

 

 

★それは兎も角、『昭和の時代』は、目まぐるしく変わった経験をして生きた時代だったな、と思っている。

昭和20年の終戦までは一言で言うと『お坊ちゃま』で育ってきたと言えるだろう。人生で一番豊かな暮らしをした時代なのである。

たった1枚だけ残っている『父と私のツーショット』である。

未だ小学校前だが『お坊ちゃま然』としているのがお解りだろう。

 

 

13歳で終戦を迎え、引き揚げてきてからは、それまでの生活とは全く違った人生を歩んだし、ホントに沢山の経験をしたのだが、それを別に『苦難』などとは思わずに、『楽しんで過ごす』ことが出来たのがよかったのだと思う。

中学・高校・大学そして川崎航空機に入社、新規事業の単車事業をその当初から担当できて、先輩から教えて貰うというような人生ではなくて、私だけでなくみんなが自分で『切り開く人生』だったことが幸いだったと思っている。

昭和が終わるのが57歳の時なのだが、『昭和の人生』は、一言で言うと『非常に苦しかったが、ホントにオモシロかった』のである。

常に『激動しながら変化し、且つ成長し続けたた時代』で、自分自身も『激動を経験しながら成長した』と言っていい。

 

★改めて、『平成という時代』を振り返ってみると1990年代の始まりとほぼ一緒なのである。

現役最後の10年間で、それまでの経験を生かしての国内市場担当だった。結果としては最高にいい好成績の10年間だったのである。その内容・結果は華々しかったが、結構静かに動いていた。

家庭も、非常に苦しかった時代を過ぎて、二人の子供たちは独立し、相次いで結婚し、孫たちも産まれて、平成という時代はむしろ自分のことよりは、『こどもたちの時代の幕開け』だったのである。

昭和の時代、経済的には苦しかった時代がずっと続いたのだが、不思議なほど『金に執着』はしなかったし、貯金なども一切なかった時代だったのだが、平成に入ると子供たちは独立して、家の借金も完済できて、経済的には豊かな時代だった。そういう意味では、平成の最初の10年は至って静かなスタートだったと言えるのだろう。

 

2000年が68歳、平成12年が、定年後のスタートなのである。

それからでもほぼ20年が経とうとしているのだが、この時期になってまた不思議なほど『躍動』しているのである。

それは一言で言うと、『ネットの世界との出会い』であったし、もう一つは『孫との関係』だと言っていい。

パソコンを覚えたし、ブログ・ツイッター・Facebook・Instagramと次々に出会って、結構ハマってしまったし、NPO The Good Times なども立ち上げて、なかなか『忙しかった』のである。

男の子ばかり4人の孫たちも、既に3人は平成の時代に育って成人したし、それを『見守る』というよりも『一緒に行動した』ことも楽しかったのである。

 

★そして『令和』が始まった。

未だ3日しか経ってはいないが、果たして何年生きれるのだろう?

この3日間、欠かさずジムに行って、トレーニングもしたし『ダッシュ』もした。いま一番『このまま続けたい』と思っているのは、この『50メートルダッシュ』なのである。『ダッシュ』は筋力がないとダメだと思う。その筋力を維持しさらに強化する目標はなかなかいいと思っている。この2年間ジムに行きだして、体重は一向に減らないのだが、体脂肪は減ったし、『基礎代謝は1500台から1600台に増えた』のである。

これを『一つの目標』にしようと思っている。

 

孫たちはそれぞれが、『自分の人生』を歩み始めるだろう。

昨日、新しく創ったこの表に毎年1行どんなことが刻まれていくのだろう?

令和元年の行には、5月17・18日に開催される群馬県の二輪イベント『浅間GOOD RIDERS CLUB 』が既に記入されている。

 

 

これはひょっとしたら『大きな展開』のきっかけになる可能性を秘めたイベントなのである。

そうなって欲しいと切に望んでいる『令和の3日目』なのである。

 

 

 

2019年5月5日

新時代『令和』を迎えて

投稿者 : rfuruya

 

★ 平成の31年が終わった。

 

 

昭和の時代は、昭和20年は終戦で、昭和32年に川崎航空機に入社して、昭和48年にZ2が発売されてと『昭和の年号』でその当時を思い出すことが出来るのだが、平成の時代は『西暦』のほうがアタマに入っていて、『平成の年号』で語れるのは『平成31年』だけかも知れないのである。

そういう意味では『西暦』が一般的になったのだが、次の時代『令和』が発表されてから俄然『平成』も言われるようになったのである。

 

 

 

★ そんな新時代『令和』が始まった。

ネットの中でも、いろんなニュースなどが飛び交っている。

平成の幕開けにはこんな『華々しさ』は全くなくて静かに始まったように思う。

 

 

令和元年』 私は齢86歳である。

そういう意味では、『令和5年は果たして迎えられるだろうか?』と思わねばならぬ年代なのである。

今までと違って1年1年を、日々を大事に生きたいとは思うのだが、多分今まで通りの生活になってしまうのだろう。

かって何年か前にオリンピックが決まった時は、『東京オリンピックは果たして見れるのだろうか?』と思ったりしたのだが、あと1年先にあるようなことになると、『当然、見ることは出来る』と思うようになるから不思議である。

人間、『いつかは死ぬ』のは間違いないのだが、50代の頃に『未だ、今は死なない』と思っていたのと、殆ど『同じレベル』で『未だ、すぐには死なない』と思っているから不思議である。

 

今欲しいものは?』と言われたら『金や地位や名誉』ではないことは間違いない。

今一番欲しいものは、やはり健康』かな? と思ったりするが、『健康は既に確保』できている。

ホントに欲しいものはない=無欲』の境地にあるような気もする。

 

一番気になるのは、家内の健康』かも知れない。

幸いにして、一応家内も元気で、家の中のことは私は一切せずに『生きていけている』から、自分のやりたいことが自由に出来ているのである。

あと何年『新しい令和の時代』がいまのままの環境で続くのだろうか?

そういう意味では『令和の時代』に外に求めることは何もなくて、後期高齢者二人がそれぞれ『自ら努力して』いまの生活をどれくらい長く維持できるのか?ということなのかなと思ったりしている。

 

新しい時代を迎えたからと言って、そんなに『ムツカシク』考えずに、今まで通り『自然に生きる』のがいいのかも知れない。

人間、夫々その人に備わっている『運』みたいなものを持っているので、『なるようにしかならない』のかも知れない。

新時代「令和」を迎えて』もう少しかっこいいこと言おうかと思ったが、結局『何もない』ようなのである。

 

その第1日目は、朝8時半に三木総合体育館のジムに行って、トレーニングして、3キロぐらいスロージョッギングを30分、50メートルダッシュを6本ぐらいして、そのあとプールで泳いだら、まずは午前中は終わってしまうのである。

午後は、『何をする』ことになるのだろうか?

 

 

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三木緑が丘 里山公園

投稿者 : rfuruya

★三木緑が丘 というと私が住んでいるまちである。

そこに『里山公園』と名付けられた公園があるのだが、多分ご存じの方は限られているだろう。私も昨日初めて知ったのである。

ジムに行くとき八重桜が見えたので、帰りに寄ってみたのである。

公園と名付けられてはいるが、三木市から土地を借りて、高齢のご夫婦が10数年掛けてお二人で創り上げたというのである。

そのご夫婦にいろいろ伺って、『広報しておきますから』とお約束したものだから、ちょっとご紹介しようと思っている。

多分、このブログに『三木緑が丘 里山公園』でアップしておけば、検索すれば、今後は現れるはずなのである。

 

まず場所は、この『里山』と表示されたところで、

 

 

りんどうの里』に向かって下っていく、こんな坂道の左側である。

 

さりげなくこんな小さな看板があり

 

 

八重桜 見頃です』と書かれている。

確かに、いま見ごろで、50本ほどの八重桜が綺麗に咲いている。

黄色い花は山吹で、もう少し経つと『あじさい』の季節になるという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お二人の高齢の方の姿があって、手入れをしておられるようなので、声を掛けてみた。

ご夫婦お二人で』この公園を創り上げているという。 この八重桜も植えて15年ぐらい経つというのである。

お二人だけでですか?』というと『そうだ』と仰る。

ご主人が主役のようだが、ちょっと話掛けた時は『気難しい方』だなというのはすぐ解った。然し『気難しい方』とすぐ仲良くなるのは私の特技である。

話をしているうちに、打ち解けていろいろ聞いてきた。

仲間を集めると、なかなか話が合わないので、独りで好きなようにやっている』と仰るのである。

何人かが集まると必ず違う意見が出るから』と言われていた。

ホントにご自身が好きなようにおやりになっているようである。

 

道具もこんなにいっぱい揃えておられるし、

 

 

水も自然からこのように 上手に調達されている。

 

 

はじめは話しかけても、そっぽを向いておられたが、

 

 

そのうちに、ご夫婦でカメラにも収まって、

 

 

緑が丘の西4丁目の『田中義孝』ですと、ちゃんと名前を教えて頂いて、この道沿いにある『松の木』のこともよろしくと言われたのである。

確かに高齢ではあるのだが、私よりは10歳ほどお若いのである。

緑が丘から下っていく道の両側には、『松の木』が植えられていて、それが全て見事に剪定されているのである。

世の中には、立派な方もいるものである。

その松も、この八重桜も、あじさいもその他いろいろみんなご自身で苗から育てていると仰るのである。

土地は、三木市役所が無料で貸与してくれているようだが、年々立派な公園に育っていくだろう。

 

八重桜は、50本もあるだろうか。

ホントに今、見ごろなのである。

 

ちょっと動画を撮ってきた。1分に纏めてあるのでご覧になればいい。

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm35043784

 

    

 

 

この10日間の連休のうちが、ホントに見ごろだと思う。

山吹も綺麗だし、テントや椅子などもある、ホントに手作りの小さな公園なのである。

 

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2019年3月14日

最近の私の日課

投稿者 : rfuruya

★ 私は結構決めたことは守れる性格で、最近の日課は、午前中はジムが中心なのだが、ジムやプールに来ている常連の人たちの行動を見ていると、私以上に『きっちりと決まっている』とも言えるのである。

極端に言うと、それは『分単位』で決まっているから不思議なのである。

何事も続けようと思ったら、それなりにきっちりと形を整えなければいけないのかなと思ったりして、いろいろと考えているのである。1月末にスマホを買って、毎日の『歩数』が表示されたりするものだから、余計にちゃんとやろうと思うのかも知れない。

今までも大体決まってはいるのだが、もう少しきっちりと決めようかなと思ったりしているのである。

どのようにでも『スケジュール化』することが自由に出来る『最高の身分』だから、そんなことも考えられるのである。

 

 

★1週間の内、外からの予定が入れば、それを優先するのだが、そんな予定以外は、木曜の体育館の休みと日曜日以外は、三木市の総合体育館に行くことにしている。そのうち月・水・金の3日間は『ジム+ランニング+水泳』のフルコースで、火曜日と土曜日は『ジム+ランニング』だけなのだが、ここまでは今でも守れている。

ジムは8時半に始まるのだが、家を8時15分に出ると大体間に合って、ジムにも1番から5番目ぐらいには入れるのだが、この辺りに来るメンバーは毎日決まっている顔なじみばかりである。

ジムでのトレーニングの順序などは、私はいい加減なのだが、他の人たちは大体やることも順番も決まっているので、私も幾らかちゃんと順番なども考えてみるか? と思いだしたのである。

そのきっかけは、昨日囲碁を打ちながら聞いていた『テレビの番組』で、風呂の入り方を結構長い時間やっていて、そんなに確りと観ていた訳ではないのだが、アタマに残っていることを列挙すると、

● 毎日風呂に入る人のほうが、入らない人よりは健康にいい。

● 風呂の温度は、42度などではなくて、40度がいい

● 半身浴などではなくて、肩まですっぽり入るのがいい。

● 入る時間は、10分間がいい。

● 身体を洗う場所は、『背中』を刺激するのがいい。

そのほかにもいろいろ言ってたが、風呂に入るだけでもこのように細かくやれば健康にいいのなら、ジムなどもそれに沿ってちゃんとやってみるかと思ったのである。

 

★私のフルコースの時の時間割は、

8時15分家を出発、

8時半に体育館入館、

8時35分前後にジムに受付、そこで約50分ほどトレーニング

9時25分ごろからは2階のランニング・コースを約30分走り、

10時からオープンなので、10時5分から10時40分ぐらいまで、プールにいてシャワーなどして

11時ごろに体育館を出発、

11時15分には家に戻っている。

ジムの器具の使用時間は1器具10分間と決められていて、今でも10分単位で動いているのだが、プールだけはそんなにスケジュール化されていないのである。

そのプールでは、まずジャグジーで汗を流すというか体を温めて、温暖室でストレッチをしてあとはプールで泳いでいたのだが、まず入るジャグジーで、昨夜見たテレビの入浴法を適用しようと思ったのである。

ジャグジーの温度は多分40度だと思うので、その時間をちゃんと10分にして、肩まで入り背中に刺激が行くような位置取りにするといいと思ったのである。

そのあと温暖室でのストレッチは今まで通りでいいのだが、ここまでは時間で大体10時20分か25分になるのである。

それ以降のプールでの泳ぎも『いい加減』だったのだが、昨日は子供用の小さなプールが縦12.5メートルで、25メートルの半分なので、これを『平泳ぎ・クロール・背泳ぎ・バタフライ』の4種を4回か5回やると、ちょうど200~250m 泳いだことになり、大体15分から20分の間には十分納まるのである。

そんなにちゃんと泳げるのか?と思われるかも知れぬが、結構ちゃんと綺麗に泳げるのである。

ちょっと難しいバタフライも、子供用の浅いプールのほうが、水の反射が強くて泳ぎやすいのである。

そんなことで、昨日はプールの時間割を、10時5分に入り、10時15分までジャグジー、10時20分過ぎまでストレッチ、そしてこども用プールで、4種を4セットしたら大体10時40分になって、体育館に入館して約2時間体を動かしたことになるのである。

 

これくらいやって、プールの秤に乗ったら79キロぐらい、80キロを割るのだが、昼飯を食い、おやつなど食って夕方家の秤に載ると80キロをちょっと上回って、未だに70キロ台は記録しないのだが、こんなスケジュールを確りと決めて、より内容もきっちり決めていけば、効果があるかなと、思ったりしているのである。

思うだけでなく、こうしてブログにアップしておけば、幾らかは励みになるかなと思っているのである。

兎に角、プールでのスケジューリングが出来てよかった。

 

広い駐車場だが、結構な車が止まっている。

昨日は、朝から野球の試合をやっていて、いつもより車は多かったのである。

ただ、今日木曜日は、体育館は休館日で休みなのである。

 

2019年3月4日

86歳の誕生日を迎えて

投稿者 : rfuruya

 

★86歳の誕生日を迎えた。

ホントによく生きたなというのが実感である。

祖父も伯父も父も早くこの世を去ってしまったので我が家系は「男は早く死ぬ」と信じて疑わなかったのである。

逆に祖母は確か102歳、母は103歳まで長生きした。そんなDNAを貰っているのかも知れない。

おもしろい人生だったと思う。

自分の人生も変化に富んでオモシロかったが、時代というか世の中そのものがオモシロかったし、普通は変化に乏しい大企業でのサラリーマン生活もまさに変化に富んでいたのは、『二輪事業という新事業』であったからだと思う。

いずれにしても、生きてきた時代も、環境も、背景も面白かったと言っていい。

一言で言うと『運がよかった』のだと思う。

 

 

★若い頃に、『本格的な広告宣伝』という業務に携わって、マーケッテングの基本が『差別化』であることを学ぶことが出来たのが、その後の人生に幸いしたと言っていい。

私の生き方を一言で言うと『差別化』ちょっと他人とは違った生き方を目指した。

発想も、具体的な目標も、動き方も、すべてが『差別化』だったと思う。

特に現役時代、周囲の方たちとは『違った生き方』が出来たのはなぜかなと思う。

こどもの頃から『何になりたい』と思ったことは一切なくて、『流れの中』に身を任せていただけで、中学も大学も、会社も職場も職位もみんな他人が決めてくれたことを、自然に受け入れただけで、自分で選んで決めたわけではない。

ただ、そんな任された環境の中でやった仕事の内容は、私なりの感覚で『自分で決めたこと』ばかりだが、結果的には『新しい世の中で初めてのこと』が殆どだったのである。

だから、引き継ぎなど一切したことがない。

 

 

 

★ホントに自分で全て『やることを決めて』動き出したのは、現役を引退してからなのである。

そういう意味で、引退後のほうが現役時代よりは『むしろ充実している』ようにも思ったりするのかも知れない。

最近は、朝8時半からジムに行って、7000歩から1万歩近くをサイクリングとスロージョッギングでこなしている。

その中で50メートルダッシュを6本ほど、80歳ごろから始めたダッシュだが、年々早くスムースに走れるから不思議である。

パソコンを始めたのも70歳を過ぎてからだが、毎日欠かさずブログをアップしている86歳も珍しいだろう。

間違いなく、世の中の『お年寄り』とは『差別化』出来たオモシロい人生を走っているのである。

後期高齢者であることは間違いないのだが『老人』ではないと思っているし、今年も『体力年齢は50代』の記録が出るだろう。

昨年より筋力は付いているし、柔軟性はさらにアップしていると思っているのである。

 

 

★こんな呑気なことを言ってるが、昨年7月5日には、風呂の中でいつの間にか「意識を失っていた」のである。

人間、突然何があるか解らない。

あの時もたまたまアメリカから娘と孫が日本に来ていたので、風呂から引き揚げてくれたのである。

そういう意味では『運がいい』のだろう。

かって現役の頃、『性格テスト』をやったことがあるのだが、結構「いい項目」が高得点で並んだのだが、『反省が足りない』という項目も、これは最高レベルの点数だったのである。

確かに、『反省など』したことがない。

そんな『いい加減』な『ネアカな』『ちょっと変わった人生』は自分でも気に入っている。

でも、最近は風呂の中では、何となく『気をつけている』から少しは反省しているということか。

そんな86歳の人生が、今年もスタートしようとしている。

 

2019年2月24日

道路と私

投稿者 : rfuruya

 

2019-02-23 06:30:15 | 発想$感想

★公益財団法人高速道路調査会で『高速道路と自動車』の編集担当者の方から次のような随想執筆依頼を受けている。

 

◆ <項目> 随想<枚数> 本誌2ページ(約2,800字)

<締切> 平成31年4月12日(金)

<掲載予定> 2019年6月号(発行日6月1日)

当法人は、昭和32年12月に設立され、高速道路および高速道路に関する自動車、燃料等に関する諸問題の調査を行い、道路および交通の発達ならびに道路交通に関する知識普及に貢献することを目的に設立された財団で、平成24年より「公益財団法人高速道路調査会」として事業を行っております。

その中で『高速道路と自動車』(昭和33年創刊)という今年1月号で729号を数える月刊誌を発行しており、掲載内容としては「論説」「時評」「随想」「研究」「技術レポート」「紹介」 等のコーナーがあります。

 

 

高速道路と自動車』は、こんな立派な機関誌でその執筆者を見ると大学教授や道路行政の専門家など、非常に高い見識をお持ちの方ばかりで、私などブログレベルは毎日発信はしているが、一般社会の正規機関誌への投稿などは初めての経験なので、どうしようかな?とも思ったのだが、『なぜ私を選ばれたのですか?』とズケズケと聞いてみると、少しだけ関係はある「二輪文化を伝える会」やそれを支援している「NPO法人 The Good Times 」のウエブサイトでご覧になって、ということなので、それなら私の自然体で「いつもの自分のまま」の投稿をしようかなと思ったのである。

上述したように、締め切り日は『4月12日』文字数は『2800字』なのである。

毎日アップしている文字数の半分ぐらいだし、私の性格上やると決めたら、とても4月12日までは待っておれなのである。そんなことで、昨日半日で仕上げて、昨日のうちに送り届けたのである。

 

テーマは、『道路と私』ということにした。

この原稿を書くために、一応は『高速道路』や『道路関連』を調べたりしたら、私自身はなかなか道路とはご縁が深いことも改めて再認識出来たりしたのである。

高速道路と自動車』というネーミングの機関誌だから、クルマのことが中心で書かれているのだが、私が書くならやはり『高速道路と二輪車』でなければならないし、自動車ではなく二輪車だから、『差別化』も出来るのかなと思ったのである。

投稿文をそのまま表示するわけにもいかないが、どんなことを書いたのかというとざっとこんな感じなのである。

 

全体の文章は3つの段階に分けてみた。

●まず第1段は、私自身の車の運転歴と高速道路や一般道との関係など。

二輪事業は4輪車と違って販売店を通じて売る『ネット販売』だから、世界の各国に点在する販売店訪問のために、クルマで世界の道を走ったのである。免許を取ったのは昭和40年6月で、名神高速の開通とほぼ同時だったのだが、鈴鹿に行くために毎月のように走ったし、一般道もその後の東北6県で当時の山越えの砂利道を走ることも多かったのである。当時の日本の道路舗装率はわずか15%であったことなど、私と道路の関係からの自己紹介をしている。

この公益財団法人高速道路調査会のスタートが昭和32年で、私の川崎航空機への入社と同じだし、『高速道路と自動車』の創刊号がその翌年なので、私の社会人としての歩みと同時期のスタートなのである。

●そして2段目は、東名高速が完成した昭和44年(1969)には3社合併があって川崎重工業となり、カワサキの二輪事業もも世界展開となったので、アメリカ・ヨーロッパ・東南アジア・アフリカ・オーストラリアなど『世界の高速道路や一般道』を自ら運転して相当の距離を走った、経験やその感想を纏めている。

私自身、4輪の運転は好きで、世界の道をこれくらい自分で運転して走った人は、多分カワサキの中でもトップクラスだし、世の中にもそんなにはおられないと思う。

アメリカは勿論、オーストラリアも、ヨーロッパ各国ではアウトバーンも、スペインのジブラルタル海峡からからのあの海岸線も、東南アジアも、アフリカナイジェリアのラゴスも田舎道も、日本は沖縄を除いて全県で運転経験があるので、道路にはいろいろお世話になっているのである。

●3段目は、長く二輪車事業に関係したものとして、二輪車は省資源・省エネの時代に合った製品だし道路の占有面積も少なく、重量も軽いので『道路に優しい製品』だと思うのだが、果たして日本の道路行政関係者のアタマの中に『二輪車がどのくらいあるのかな、高速道路も4輪車のために造られていて、道路設計に二輪車に対する想定・仮説などは、殆どないのでは?』高速道路の二人乗りの認可は大変だったし、高速道路の通行料が二輪と軽4輪と同額であるという不満がることなども述べたりしてるのだが、

最後は、この随筆に出会うきっかけが NPO法人 The Good Times と言われているので、1975年にアメリカで生まれた Kawasaki.Let the good times roll というカワサキの事業展開のコンセプト「カワサキに出会う人たちがハッピーになるような活動をカワサキは展開し続けます」という精神を受け継いで、NPO The Good Times や、私や私の仲間たちに出会う人たちがハッピーになるような活動を心がけているのである。

そして、『ご縁があって「高速道路と自動車」の読者の皆さんに、二輪車のことが語れてよかったなと思っている』と締めくくって終わっているのである。

 

★ この随想が機関誌に載るのは、6月のことなのである。

高速道路と自動車』はAmazon でも買えるようなので、若し6月まで覚えておられたら、一度このような機関誌もお読み頂ければ幸いなのである。

 

 

TOKYO ART BOOK FAIR: Ginza Edition

投稿者 : rfuruya
 

 ★昨年の今頃は、 rippleroom というダンスの本の出版に一生懸命だった鎌倉にいる孫・古谷仁。

何をやっているのか、定かに解ってはいないのだが、『自分のやりたいことを』やりながら日々を過ごしているようである。ツイッターなどでは、毎日出会っているのだが、なんとか出版した本も世の中に受け入れられているようでもある。

こんな写真と、コメントをアップしているが、

 

 

いろーーーんな人にお世話になった。恩返ししたい。 「くそやろー!」と思った人も事もあった。見返したい。

   全部、僕の成果。個人で力をつけて、早く。仲間を作って、遠く。

   かっこいい大人へ!

 

などと解ったような、解らぬことを言ってたが、昨日だったが、こんなツイートがアップされた。

 

 

TOKYO ART BOOK FAIR: Ginza Edition という立派なイベントの中に展示される本の一つに選ばれたのだという。

どんなイベントなのか、チェックしてみたら、なかなかのもので、このように説明されていた。

 

TOKYO ART BOOK FAIRは、10回目を迎えるフェアを2019年7月に約2年ぶりに開催予定です。

これに先駆けて、2019年3月8日(金)から4月7日(日)までの1カ月にわたり、Ginza Sony Parkにて「TOKYO ART BOOK FAIR: Ginza Edition」を開催します。

TABFには、普段はそれぞれの国や地域で、印刷物を通した独自の表現を続ける出版社、ギャラリー、アーティストたちが世界中から集まり、数日間にわたる会期を通じてのべ2万人超の来場者が訪れ賑わいをみせます。まさにアートブックの「祭典」ともいえるイベントです。

一方「Ginza Edition」は、1カ月という長い期間にわたり行われます。今回の試みは、これまで年に一回行ってきた打ち上げ花火のような「祭り」というより、会場になるGinza Sony Parkのコンセプトである「公園」をイメージしたものになります。

「Ginza Edition」では、より日常的な場で、日々制作に励む作り手たち、そして彼らが作るアートブックと繋がる空間を創出します。公園にリフレッシュやアイデアを求めて出かけるように、誰もがふらりと訪れた先でアートブックと出会い、そこから広がる新しい世界を楽しむ機会、Ginza Sony Parkでの「Ginza Edition」をどうぞお楽しみください。

主催:TOKYO ART BOOK FAIR、Ginza Sony Park

会期:2019年3月8日(金) ~ 4月7日(日) 10時~20時     会場:Ginza Sony Park 東京都中央区銀座5-3-1

https://www.ginzasonypark.jp

 

 

大きなイベントであることはよく解ったが、いつもは何もやってあげられていないので、せめてブログで広報のお手伝いでもと思っているのである。

3月8日から、約1ヶ月も開催されているらしいから、また何か情報でもあればアップしてやりたいと思っている。

rippleroom とは、こんなダンスの本なのである。

 

 

 

 

何となく、アートと言われたらそうかなと思う、それっぽいデザインに仕上がっている。

rippleroom のロゴも、なかなかいいように見えるから不思議である。

 

 

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